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【自作小説】ワールド・インターチェンジ「第11話 それは俗にいう、修羅場だった」

「……優? なんでここに?」
「そ、それはこっちのせりふよ。……どうして誠くんがここにいて、しかも竜野夢香と一緒なの?」
あ~、こういうシチュエーション、なんていうんだっけか。そうだ、「修羅場」だ。やべぇ、俺、あの「修羅場」ってやつに飲み込まれてるよ。
などと余裕ぶっこいて考えていられたのもほんの数秒間だけだった。目の前に突如現れた人物が、間違いなく網干優、本人であるとわかった途端、俺はあらゆる感情が複雑に絡み合い、今の心情をどう表現していいのかわからなくなってきた。
「竜野夢香、あなた、誠くんに何したのよ」
「何もしてませんよ。そう言うあなたこそ、誠さんのことを下の名前で呼ぶなんて、ずいぶん馴れ馴れしいじゃないですか?」
「あんたこそ、下の名前にさん付けで呼んでいるじゃない。私はね、誠くんの彼女なの。ていうかあんた、さっき誠くんにキスしていたじゃない。私と誠くん、まだキスしたことないのに、どういうつもりなの!」
「あなたが、誠さんの言っていた彼女さんですか。優しい誠さんにできた彼女さんですから、きっとお美しい方なんでしょう、なんて想像していたら何ですか! 網干優さんのことじゃないですか」
「ってちょっと待った待った! 夢香と優、いったいどういう関係なんだ?」
「あ! すみません、つい言い合いに夢中になってしまいました。実は」
「あんたは黙っていなさい。私が説明するわ。誠くん、私は現実であなたに助けてもらって、本当の素直な気持ちを伝えあった、あの網干優、本人よ。誠くんもこの場に来ているってことは、この空間の意味は知っているんだよね?」
「まぁな。おおよその説明は夢香から聞いた」
「……夢香だなんて。誠くんと竜野夢香って、一体どういう関係なの? あなたの口から説明してほしいな」
俺は、すべてを正直に優に話すべきか、一部を端折って説明するべきか悩んだ末、とりあえず後者を選択した。
「夢香は……俺の命の恩人なんだ。俺のつまらない人生を変えてくれて、飛躍しすぎた人生ではあと一歩で死ぬところだったのをギリギリで助けてくれた」
「そう……教えてくれてありがとう。なら、私もなんで竜野夢香を嫌っているか、いや、狙っているか、説明しないといけないね」
そして、彼女の口からすべてが語られた。
「私は……竜野夢香に消えてほしいの」
ふと、夢香のほうを見る。終始うつむいていて、こちらから表情をうかがうことはできなかった。
「私のお母さんは、何者かに連れ去られたんだ。もしこの世界で連れ去られて、今もこの世界にいるんだったら、今頃私はこんなところには顔を見せずにお母さんを探しているわ。でも、お母さんを連れ去ったのは……こいつが移動させた男なの」
その瞬間、優は夢香を見下すような鋭い目つきをした。それは、ついこの前俺と抱き合った優と同じだとは、にわかに信じがたかった。
「私は、竜野夢香が移動させた男が私のお母さんを連れ去って、そのまま何らかの手続きで別の世界に移動したのだと思ってる。私も過去に一回だけ世界を移動したことがあったから、世界が複数あることは知ってた。だから毎日なんとかお願いした、世界を移動させてくれって」
「でも世界を移動する人はたくさんいるから、一度移動したら次に移動できるのは数年後になる、と……」
「そう。そんなに長い時間かけてたら、お母さんがもしかしたら無事じゃなくなるかもしれない。お母さんを、失っちゃうかもしれない。それは絶対に嫌。だから私、特殊な方法を教えてもらって、いつでも好きな時に、好きな世界へ移動できるようになった」
「そんなことができるのか。で、その特殊な方法って?」
「実は、世界を移動させる方式にはいくつかあって、竜野夢香みたいな奴らが使ってるのが第一世代、私たちが使っているのが第四世代。第一世代はとても難しい手続きが必要で、一晩に数人移動させるのがやっと。しかもあまりたくさんの人を移動させると世界が崩壊してしまうっていうだめっぷり。私も最初は第一世代を習得しようと思ったけれど、こんなの使ってられないからって、第四世代に乗り換えた。こっちは素人にも簡単に習得できて、多分誠くんでも自由に世界を移動できるようになると思う。しかも世界に与える影響が小さいから、一度に何十人を移動させても大丈夫なんだ」
「しかし、あなたみたいな人がたくさんいるから、この世界はより不安定になっているんですよ。塵も積もれば山となる、と言います。少しの影響でも、それを使う人が多くいたら結果的に与える影響は大きくなります」
「何を言っているのかな、この子は。知らないの? 第四世代の移動方式が世界に与える影響は、第一世代の百分の一なんだよ? あんた一人消えれば、百人もの人が好きな世界に移動できるようになるんだよ」
「なぁ、ちょっと話は戻るけどいいか……?」
俺は口を挟むタイミングを見失いかけていたが、なんとか割り込むことができた。優がこちらを向く。
「ある人が別の世界に移動したら、元の世界ではその人はいなかったことになるんじゃないか?」
「それが、実はそうとも限らないんです」
それに答えたのは、夢香だった。
「ごくまれに、優さんのように別の世界に移動した人の記憶を持ったままになる場合もあるんです。でも、確率的には極めて低いものです」
「確率がどうかは知らないけれど、私に記憶があるのは確か。とにかく、あなたには私のお母さんを取り戻して、消えてもらうわ」
「ちなみに、他の可能性については考えてみたのか? 例えば、実はまだ元の世界にいて、どこかで暮らしているとか」
「それはない。だって私、夢の中で見たの。お母さんが、何者かに連れられて、別の世界に移動する瞬間を」
「その夢が、ワールド・インターチェンジと関係なかった、なんてことは」
「ない。あのときの状況、ただの夢であんなに鮮明に私の目に映るはずがない」
「そうか。ちゃんとした裏付けがあるならいいけど、お母さんの命がかかっているのなら、もっと広い視野を持って物事を見たほうがいいんじゃないか?」
「……なんか説教臭いね」
そうこうしているうちに朝が来てしまった。結局話がまとまらないまま、優はどこかへ消えていってしまった。俺と夢香はいつものように大きなベッドに眠って元の世界に戻ったが、少々気まずさを感じ、言葉を交わすことができなかった。

翌日、補習最終日という嬉しさと、おとといからのさまざまな不安を抱えて学校に行く。クラスメイトとあいさつを交わし、席に座ってから、そういえばおとといの出来事が噂になっていないことに気付いた。クラスメイトが知らない振りをしているだけかとも考えたが、ぱっと見渡した限りでは、作り物の表情は見受けられなかった。
ふいに、誰かに肩を叩かれた。誰かと思い振り向くと、そこにいたのは網干優だった。彼女はこのクラスの状況に驚いたような様子を見せず、ただ無表情に俺のほうを向いていた。そして、一枚の手紙を俺に渡し、自分の席へと向かっていった。周囲を確認してからその手紙を開く。
「もし、この内容に心当たりがないのなら、この手紙はなかったことにしてね。昨日の夢の件で話したいことがあるから、今日も喫茶店に来てくれる? それから、もしかして私がこのクラスの状況に困惑してるんじゃないかって心配してくれていたのなら、その気持ちはありがたく受け取るよ。でも、世界が変えられたことは知っているから、大丈夫だよ。じゃあまた、夕方に」
顔を上げると、一瞬優がこちらを向いていたように見えた。しかし、すでに彼女は別の方向を向いていた。
「なになに~、ラブレター?」
「そんなんじゃねえよ~、からかうなよぉ~」
おっと、クラスメイトのちょっかいが入ってきた。俺は手紙をポケットに突っ込み、そいつの絡みを程よく受け流した。
夕方、補習からの解放感を胸に、優から渡された手紙を手に喫茶店に入る。カランコロン、と、いつもの風情ある鐘の音が響く。
「やあいらっしゃい坊ちゃん。二日ぶりだね」
「こんにちはー」
店内を見渡す。いつもの、カウンターの端に、優はもう座ってコーヒーを飲んでいた。俺もそのとなりに座る。
「今日は来てくれてありがとう。って、今までいつも来てくれてたから、ちょっと変か」
「で、話って何だ……?」
俺は、早々に例の話題を切り出した。
「あの夢は、本当なのね?」
「あぁ。それより、優が夢香を狙うわけを聞きたい。あれから考えてみたんだけど、夢香が消えたところでお母さんが戻ってくるわけじゃないんだろ?」
「誠くんは、誰か家族を亡くしたこと、ないでしょ?」
「まぁ、な」
「だったら……わからないよね。このいらだちは。そう、あいつが消えることに何の意味もない。あいつが消えたって、お母さんが戻ってくるとも限らない。でも……消さないと気が済まないの。私の憎しみは、あいつに消えてもらうことでしか晴らせない」
「でも、夢香に消えてもらう前に何かできることはないのか? 例えば、夢香に協力してもらって、一緒に探してもらうとか」
「ねぇ」
優が突然、こちらにぐっと顔を近づけてきた。そのままキスしてしまうんじゃないか、と思うぐらいに。ちょっと待てって。ここは喫茶店の中だぞ。すぐそこにはオーナーもいるし、近くには珍しくお客さんもいるし、ここはまずいって。しかし、結局それに至ることはなく、優は優しさで怒りを封じ込めたような、ぎこちなく甘い声で尋ねた。
「ねぇ、誠くん。誠くんは……あいつの肩を持つの? 誠くんは、あいつと私、どっちがいいの……?」
「それは……」
「選んで!! 今、選んでよ……」
至近距離で、優に怒鳴られる。目で周りの様子をうかがう。オーナーは一瞬こちらの様子をうかがったが、すぐに自らの作業に戻っている様子だった。近くにいた客は居眠りしていた。
正直、怖かった。唇が触れ合いそうな距離で突然感情のままに叫ばれては、男ですらビビる。俺の気持ちを一度に受け止めきれないほどに繊細な感情を持つ、あの優が言っているとは思えなかった。俺は、彼女のすべてを好きになり、本当の気持ちを伝えたつもりだったが、実際に俺が見ていたのは優のほんの一部だけで、彼女の真の性格はまた別のものだったのだろうか。
「ご、ごめんね……変なこと聞いちゃった。今のは忘れて。そうだ、明日もまたここに来てくれる? 明日からは今日みたいな話はせずに、今まで通り勉強したりお話ししたり、しようね?」
「え? あ、おぅ……いいよ」
実は俺が見ている優は、本当の優じゃないかもしれない、というのに、俺は彼女を信じ、オーケーをした。そして、いつものように別れる。家に帰ってから、そういえば学校で俺と優の一件が全く話題になっていなかったことに改めて気付く。またしても、俺は、というより、俺たちは、危機一髪のところで助けられた。本当に夢香には頭が上がらない。今夜、もう一回お礼をしないといけないな。そう思いながら宿題を済ませ、来るべきその時間を、少しばかりウキウキ気分で心待ちにしていた。
しかしその夜、俺は夢香の元には行けなかった。夢香は、俺を呼び出さなかった。
翌日以降、俺と優はあの日以前と同じように喫茶店でコーヒーを飲み、勉強をし、時々オーナーも交えながら楽しい会話の時間を過ごした。日々の小さな出来事に談笑しているうちに、ごちゃごちゃした出来事は頭の片隅に追いやられてしまった。
「また明日ね~」
「おぅ。またな」
そのやりとりにややぎこちない部分はあったが、別段気にするほどのことでもないだろう。

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