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10月, 2017の投稿を表示しています

【自作小説】World Resetter「第8話 この涙の正体」

 廃墟のショッピングモールで起きた事件に巻き込まれて以降、俺は人生のやり直しを行うことができなくなった。中学を卒業しても、高校に入学しても、そして高校を卒業し、大学への進学を決めても……待てども待てども、人生のやり直しによって高校生、中学生、小学生……いずれにも戻ることができなかった。瑠香との関係は大学を卒業し、就職を決めてからも継続していた。かつて一度だけ見せた、瑠香の「もう一つの表情」を俺はいまだ忘れることができず、彼女に対する恐れと疑いを最後まで取り去ることはできなかったが、瑠香はそんな俺にいつまでも寄り添い続けてくれた。そして、その時は就職から3年経ったあるさわやかな晴れの日に訪れた。 「けーくん……私ね、けーくんと結婚したい……」  その瞬間、俺は暫く言葉を失うほかなかった。俺はこんなにも心の底から瑠香を愛することができていないのに?なぜ瑠香はこんな、極端な話、いつ浮気してもおかしくないような行動ばかりする俺に生涯を捧げようとしているのか?しかし、その答えは、瑠香の気持ちになって考えれば自明であった。瑠香は、中学の時から強い好奇心で俺に接し、俺のすべてを知ろうとした。そして、理解しようとした。実際に、瑠香は俺のすべてを理解してくれた。俺の価値観や考え方、性格、体の構造の一つ一つまで、くまなく知っている。だからこそ、俺と結婚しても、その後の人生に心配はない。俺が死ぬその瞬間まで、俺に添い遂げられると、きっと心の底から確信したのだろう。瑠香の気持ちに寄り添って考えたとき、俺の答えはただ一つだった。 「あぁ……結婚しよう、瑠香。」 「うん……けーくんならそう答えてくれると思ってたよ……ありがとね……」  瑠香は、あふれ出る涙を抑えきれなくなり、俺の胸元に飛び込んできた。そして、激しく嗚咽を漏らしながら、その幸せをじっくりとかみしめ、いくらかを俺に分け与えてくれた。  しかし、そんな幸福の絶頂にあるときでさえ、俺は人生やり直しのことを忘れずにはいられなかった。その目的は、もはや意識的に思い出すことができない。しかし、それでもなお、俺はどこか「人生をやり直して、何かを変えたい」との思いに駆られ、目的の見えない、そして行われることのないやり直しを所望し続けていた。あの出来事に巻き込まれるまでなら半ば強制的、半ば意識的に、やり直しを行うことができたが、今は

【自作小説】World Resetter「第7話 崩壊する世界、破壊される心」

 劣化コピー、という言葉がある。いわゆる「パクリ」の、一番醜い例である。俺がこれまでに経験してきた人生のやり直しは、はじめは単なるコピーの世界だと思っていた。しかし、ここ最近数回のやり直し世界を見ていて、というか、かつてやり直しを始めたころの思い出せる限りを記憶を引き寄せると、それはコピーではなく、劣化コピーの世界であることに気付いた。  この世界は少しずつ、しかし確実に、崩壊に向かっていた。そんなことを考えながら、テレビで連日報じられている猟奇的な連続殺人事件のニュースと、秩序と倫理を失ったヒトクローン技術のトピックに耳を傾けていた。  ふと、テレビから流れてきたあるワードに、はじめ自分の耳を疑わずにはいられなかった。 「昨夜、深層心理取り扱いシステムに脆弱性が発見され、これが悪用された場合、個人の過去の記憶が消去される可能性があります。不要不急の外出は控え、やむを得ず外出する際は必ず対深層心理マルウェア対策ソフトが組み込まれたカプセルを服用してください」  あとで調べてみると、いきなりこの世界に来た俺にはにわかに信じがたい話だが、なんでも数年前にDNAのデータや脳の記憶などをデジタルデータとして簡単に取り扱うことができるようになったらしい。さらに、頭の中で今考えていることをリアルタイムに取り出すことができたり、かつて「深層心理」と呼ばれた、心の奥深くの本当の気持ちまでも可視化することができるようになり、それによってこの世界は大きく変化したという。マスメディアなどでは一般へのわかりやすさの観点から「深層心理」という言葉を用いていたが、要するに本音がダダ漏れの状態と変わりなく、もはや"深層"心理の体をなしていなかった。それまで接待であるとか上辺だけの付き合いだったような関係は、本音がすべてさらされることで関係が崩壊・変化し、人々は次第に閉塞的になったという。今では義務教育でさえ、クラスメイトとの不要なトラブルを避けるため自宅からの遠隔授業で受けることが当たり前になっているそうだ。生活必需品はすべて無人宅配車が道路を走り回って各家庭に配送するようになり、街から人間の乗った乗用車はほとんど姿を消したらしい。挙句、家族同士でさえ、絶対言えない秘密などを作ることもできなくなったがために、家族全員がそれぞれの自室にこもり、何か月も顔を合わせないとい

【自作小説】World Resetter「第6話 俺が探しているあの子は」

 気が付くと、俺は今まで経験したことのないような激しい雷雨の中にいた。「バケツをひっくり返した」という表現がふさわしくて有り余るほどの猛烈な雨、おそらく昼間であるはずなのにまるで深夜のような暗さの空を瞬間明るくし、そのまま空を焼き尽くすかのような稲妻、空気を引き裂き、鼓膜を本気で破りに来るかのような激しい雷鳴、それは悔しいことに、今の俺の心境をそのまま示しているかのようでもあった。雷雨そのものよりも、雷雨が自分の心の中をあまりにも精緻に再現していることに怖れ、震え、そして怒りが沸き起こった。  ドンッ、と大きな音が、俺が雷雨から逃げ込んできた小さな建物を揺らす。びゅうびゅうと大きな音を立て始めたそれは、スーパー台風や竜巻でも起こり得ないような暴風で、間もなくこの建物も破壊されようとしていた。目の前を少女が横切る。  いかなる表現を用いても表現しえないほどの大きな雷が、この建物を直撃した。あまりに大きな音と激しい閃光で、俺はしばらく視覚と聴覚を失った。そして、たった今の落雷によりこの建物は破壊され、頭上から冷たい滴が降り注ぎ始めた。  どれほどの時間が経ったのかはわからない。ほんの数秒かもしれないし、数十年もの間、立ち尽くしていたかもしれない。気が付くと、俺は視覚と聴覚を取り戻していた。雨はまだ降り続いていたが、雷に打たれる直前のころに比べればいくぶん収まっており、雷自体もすでに止んでいた。もう夜になってしまったのか、あるいはあまりにも分厚い雲で太陽光が完全に遮られているのか、先ほどよりもあたりは暗くなっており、足元を確認するのも困難であった。徐々に暗さに目が慣れ、周りの状況が把握できるようになったとき、目の前に横たわるそれに瞬間すべての意識を奪われる。それは比喩的なものでも誇張表現でもなく、あまりの驚きと怖れで足に力が入らなくなり、そのまますとんと座り込み、まるで背骨を抜き取られたかのように、まっすぐ座ることすらできなくなった。目の前のその状況を瞬時に理解することができず、この世界に自分の体が順応できなくなり、俺は嘔吐し、失禁した。冷汗が体中から噴き出す。なんの感情も伴わない涙が出る。口を閉じることができなくなったのだろうか、唾液が顎を伝って流れ落ちる。生存本能が何を思ったか、突然の射精をもたらす。体中からありとあらゆる体液が排出され、そのまま自分の魂も外へ

【自作小説】World Resetter「第5話 受け入れなければならない現実」

 俺の教室での一日は、扉を開け、足を踏み入れるより先に発する挨拶から始まる。しかし、今の俺には、その習慣を遂行することはできても今までと同じような、我ながら朝日のごとくさわやかな声を上げることはできなかった。 「おはよう……」  蚊の鳴く音より小さな俺の挨拶にも、瑠香は瞬間的に反応してくれた。 「おはよっ、けーくん!どうしたの?元気ないね?」 「ううん……今朝ちょっと悪夢を見てしまって……」  それは悪夢でもなんでもなく、実際にこの身に起こった現実の出来事であったが、今の彼女にそれを話しても、信じてもらえるまでにはある程度の時間がかかる。時間がかかってでもわかってもらえるのであれば別にいい。そもそも俺の身に起こっている不可思議な現象を理解しようとしてくれるだろうか……俺はおそるおそる、彼女の名前を呼んだ。 「……瑠香?」 「うん!けーくんが見た夢がどんなものかはわからないけど、今までけーくんが「瑠香」って呼んでくれた女の子は今、ここにいるし、あなたは私が「けーくん」って呼んでる男の子だよ。……あっ!もしかして、今朝けーくんが見た夢って、私がどっかへ行っちゃうか、死んじゃう夢だったり?」 「うっ……まぁ、そんなとこかな」  きみのような勘のいい女は……瑠香なら許す。などと心の中で付け加えておいた。 「夢って、本当に内容を自分の意志で選ぶことできないし、内容も容赦ないものが多いよね~。まぁでも、私がけーくんを置いてどっか行くなんてことは絶対しないけどね、えへへ~」  その言葉を聞いて、俺は涙が出そうになるほど安堵した。実際に目頭が熱くなる感覚がした。少なくとも今俺がいるこの世界は、俺と瑠香の関係に異常は起こっておらず、俺たちはかつてのようにお互いを高めあい、この世で表現しうるいかなる言葉を用いても足りないほど強固な関係を築ける環境にあることが分かった。  しかし、瑠香と勉強を教えあっているとき、他愛もない話をしているとき、お互いの体のまさぐりあいをしているとき、ふと、かつて一度だけ見てしまった、瑠香のおびえた表情、怖れ、怒り、悲しみの感情が混じった悲鳴、凍り付くような静けさの中、ただ一人自分のものをまさぐったあの時間……瑠香の「もう一つの表情」がフラッシュバックする。彼女のもう一つの一面を知ってしまった俺は、かつてのように心の底から瑠香のことを信

【自作小説】World Resetter「第4話 巻き戻されないもの」

 ふと我に返ると、俺は駅に続く道の真ん中で立ち尽くしていた。どうやらかなり深い白昼夢を見ていたようだ。頬を数回叩き、気持ちを入れなおそうとした。頬がほんの少しだけ小さいことに気づいた。ポケットに入れていた財布を取り出し、中身を確認すると、それまで入っていなかった中学校の学生証が入っていた。うちの中学校では学生証の端に学年ごとに異なる模様が入れられており、いま取り出した学生証は中学二年を示すものだった。だんだんと頭が混乱してくるが、いずれにせよ早く家に帰らないといけないことに変わりはない。俺がこの学生証の表示通り中学二年生であっても、あるいはそれまでと同じ高校一年生であっても、はたまた俺が生後間もない赤ん坊であろうが老人であろうが、しなければならないことはただ一つだった。家に帰れば時間割表や教科書などから今の学年がわかるはずだ。  結局、俺はいま、中学二年の安藤恵吾であることが判明した。たった今のこの存在がどういったものなのかはまだわからないが、俺には今日ついさっきまで、高校生の瑠香と会い、お茶をした記憶、一度目のやり直し人生で順風満帆な小中学生時代を過ごし、高校一年のある日に殺されたこと、二度目のやり直し人生でそれを回避し、その後も平凡で、ちょっとだけ特別な人生を送ってきたこと、やり直し前の人生で惨劇に遭遇したことも……すべてが記憶として残っている。これまでの経験を総合すると、俺はいま、三度目のやり直し人生を送り始めたことになる。ついさっきまで高校生だった瑠香は、次に学校で会うときは中学生に戻るのか……様々な心配事が頭に思い浮かぶが、まずはこの混乱が瑠香に伝わらないよう、平凡に明日以降を過ごすしかない。俺が困惑している様子を目撃すれば、きっと瑠香は自分のことなんてどうでもよくなって、俺のことだけを思って、悩みを共有しようと気遣ってくれるだろう。彼女にだけはそんな心配はさせたくない。人生のやり直しはすでに二回も経験している。景色や一部の記憶が少しだけ変化していることを除けば、その人生はそれまでのものと全く同じのはずだ。今まで通りやればきっと大丈夫、……うん。 「あなたも、人生をやり直しているのね?」  彼女がただ者ではないことは、その一言だけですぐにわかった。おそらく、人生やり直し(と自らが銘打っているこの現象)は多くの人物に起こるものではないだろうし、そもそ