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【自作小説】ワールド・インターチェンジ「第4話 世界はそこまで都合のいいものではなかった」

残念ながら、というべきか、やはり、というべきか悩むところだが、それは毎日の楽しさにかつての日々を忘れかけた頃にやってきた。それも、徐々にではなく、かつての人生をフラッシュバックさせるかのごとく突然に、であった。
それは、六月も中ごろへと差し掛かり、いよいよ梅雨も本格化しようというのに、急に気が変わってしまったのか、俺たちにつかの間の晴れをもたらした日のことだった。この日、いつものように教室に入ると、それまで毎日のようにあいさつを交わしてくれる面々が、俺を無視した。この時の俺には珍しく感じたが、世界を移動する前まで彼らには見向きすらされなかったので、別段気になるものでもなかった。
特に気にすることもなくいすに座る。そのとき「バンッ!」という大きな音とともに、座面が数センチ下がるような感覚になった。実は俺が通っている学校で使われている生徒用椅子は、座面と背もたれがプラスチックでできている。それが金属の骨組みとかみ合い、ビスで固定してある。ところが最近、このビスを外し、座面を浮かせて骨組みとかみ合っていない状態にしておいて、それに気付かず座った人がかみ合う時に発せられる大きな音に驚き、その反応を見て楽しむ、という遊びが流行っている。俺がたった今ひっかかったこの罠もそれだった。クラスの数人が、俺が発した音に気付き、こちらを向いていたが、すぐにそれぞれのあるべきところに視線を戻していった。そのとき、教室をそそくさを出て行く男数人のグループが俺の視界に入った。彼らはくすくすと笑いながら、まるで「やったぜ!」「成功だな!」とでも言っている様子でどこかへ駆けていった。犯人はきっとあいつらだ。一瞬、追いかけることを考えた。しかし、俺がひっかかったこの遊びは割と日常的にクラスの中で行われていたもので、大して珍しいものでもない。むしろ、かつての世界で自分がその被害に一度も遭わなかったことのほうが不思議である。それに俺は最近クラスの中で存在感を増してきているようだ。存在感のある子がいじめギリギリのラインでいじられるということはよく聞く話なので、自分の場合もそれに当てはまるのだと思った。だから、この件については腹を立てたりせず、静かに今後を見守ることにした。
しかし、残念ながら流れは悪いほうへと舵を切ってしまっていた。それを決定づけた出来事がある。

ある日、俺が廊下を歩いていると、突然腰に激痛が走った。後ろを振り返ると、野球ボールが転がっていて、さらにその先には同じクラスの野球部員がいた。
「あ! 悪い悪い、つい手が滑ってしまって~」
それはどう聞き間違いをしても、わざとらしい言い方だった。何をどう滑らせたらこれほどに激痛の走るボールを俺に当てることができるんだ? 彼は、明らかに俺を目がけてボールを投げた。そして、彼とその友達数人はくすくす笑いながらこちらを見ている。よく見れば、この前俺に椅子の罠を仕掛けたあいつらだった。
これはいじめではないのか? いくらなんでも「人気者いじり」にしては度が過ぎている。それとも、実は俺は世界など移動しておらず、これは元の世界で必然的に起こったことではないのか? そうしてしまえばすべての話が合う。うん。
しかし、それは少し短絡的な考えなのかもしれない。ここ数日、俺はかつてないほどに楽しい日々を過ごしていた。クラスのみんなは、それまでとは明らかに違う様子で俺に接していた。まるで俺以外の全員を一気にクラス替えしたような感覚だった。そのことを考えると、やっぱりちゃんと世界は移動しているのかもしれない。いくら世界を移動したとはいえ、いじめが全く起こらなくなるという保証はないだろう。相手が人間である以上、それは避けられない、自然の真理なのかもしれない。
でも、いじめはいじめだ。これは明らかに俺に対するいじめ行為であり、教師によって対処される必要がある。俺は職員室へと走った。しかし、その足は職員室の手前数メートルのところで止まった。あることを思い出したからだ。
今、俺にボールを投げつけて来た野球部員は、成績がいつもトップクラスだった。これは元の世界でも同じで、テストがあるごとに、各教科の先生ごとに、「君はいつも素晴らしい成績を取るね。野球部も忙しいだろうに、感心するよ」といった趣旨の褒め言葉を受けていた。俺は野球部がとても厳しい部活であることを知っている。にもかかわらず、だ。しかも人前での性格もよく、先生からは全幅の信頼を得ていた。まさに「完璧超人」の文字そのままの人物である。俺は、すべてにおいて彼に劣っている。こんな俺が「彼にいじめられている」と言ったところで、誰も信じるはずがない。庭の水瓶を指差して「ここにネッシーがいるんだ! 信じてくれ!」とでも言うようなものだ。先生はあきれ、同級生は「はいはい嫉妬乙~」などと、相手にしないだろう。俺はどうすることもできずに、教室へと引き返した。
教室へ戻ると、クラスの他の子が普通に話しかけてきた。
「さっき、すごく痛そうにしていたけど、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ。ごめん、心配かけて」
ちっとも大丈夫じゃないというのに、俺はちょっとばかり強がって大丈夫なように装っていた。今話しかけてきた子以外は、誰も俺の身に起こった出来事を知らないようで、みんな普段と変わらない様子で接してくれた。「普通」に談笑した。「普通」に遊んだ。「普通」に授業を受けた。どれもこれも、俺が理想とする「普通」で、世界を移動したあとの日常そのものだった。その一件だけが「普通」でなかった。
その後、野球部員の彼とその友人数名の俺に対するいじめはさらにエスカレートしていった。ペンケースが盗まれる、教科書がめちゃめちゃに破られる、制服にチョークの粉をかけられる、水をかけられる、水を入れたバケツを投げつけられる、などなど。一週間で二十種類ほどの嫌がらせを受けた。かつての世界の俺なら野球ボールの事件の時点ですでに学校へ行くことをあきらめていただろう。しかし、俺がこれほどにもたくさんのいじめを受けると分かっているにもかかわらず、それでも学校へ通い続けられたのは、加害者以外のクラスの子たちが、世界を移動してから変わらず俺と積極的に交流してくれたからだ。時には俺の体を案じてくれる人もいた。加害者以外のクラスメートが味方だった。しかし、誰一人いじめを止めようとはしなかった。そして、俺の心を大きく動かす出来事が起こる。

それは掃除当番でゴミ捨てに行っていた時だった。突然、後ろから生ぬるい液体をかけられた。その瞬間に目をつむったので、最初はまた水をかけられたのかと思った。しかし、目を開けてぞっとした。地面や手足、制服が血赤色の液体で染まっていた。周囲の人々が「何が起こった!?」と言わんばかりの鋭い視線をこちらに送ってくるので、けがしたわけではないのに痛みを感じてきた。よく見ると、その液体はわずかに粘り気を持っていて、へばりつくように飛散していた。そして、シンナーくさい。あちこちについた飛散物が発するそのにおいで、軽くシンナー中毒になりそうだ。
そのとき、両腕を誰かにつかまれた。後ろからだったので、誰かは分からない。シャカシャカと音がすることから、おそらく赤色のペンキが服につかないようにビニールか何かをかぶっているのだろう。そして、例の野球部員が現れたかと思うと、俺の髪の毛をつかんで歩き始めた。彼はゴミ袋に穴をあけてかぶり、ペンキが体につかないようにしていた。また、髪の毛をつかむその手はゴム手袋を履いており、手にペンキがつかないようにするとともに、手が滑らないよう、徹底していた。などと観察しているうちに後ろの人物もあわせて歩き始めた。二人に挟まれた俺は、前に歩き始めるしかなかった。
校舎裏の薄暗い場所に連れて来られた。ここで、後ろの人物が俺の腕を解放した。その直後、正面から野球部員の足が飛び込んできて、そのまま俺の腹部を直撃した。あまりに突然の出来事で、避けることも、防御の姿勢を取ることもできず、俺はその衝撃をもろに受けてしまった。それは、当然のことだが想像を絶する痛みだった。口からは血の味がした。そのまま後ろに倒れそうになる。と、今度は後ろから鋭く突き上げるような痛みがやってきた。どうやら後ろで俺の両腕をつかんでいた奴がつま先で蹴りを入れたらしい。どうすることもできず、俺はそのまま地面に倒れ込んだ。
「お前を見てると腹立つんだよ!ちょっと人気出てきたからって、調子に乗るんじゃねえぞこら!!」
二発、三発と、腹部に激しいつま先が入る。その度に口からは血が噴き出た。先ほどかけられた赤い液体と、ほとんど区別がつかなかった。最後に、横向きになった俺の顔を野球部員が踏みつけ、
「今後、また調子に乗ってたら今回ほどでは済まさないぞ。覚えとけよゴミが」
と言った。
「ゴミwwwwwさっきのゴミ袋の中身とwwwwこいつがwwwイコールwwwwww」
と、隣の奴がはやし立てた。そうして、二人は立ち去った。
俺は、立ち上がろうとするが、相当強い暴行を受けたため、身動きを取ることすらままならなかった。次第に意識がもうろうとしてきて、目の前がぐるぐると回り出した。やがて眼前の世界はまるで液体に溶かしたかのようにドロドロになり、もやもやと不規則な模様を描いた。そして、目の前がふっと真っ暗になった。

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