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【自作小説】ワールド・インターチェンジ「第3話 不快な楽しさ」

朝のけたたましい目覚ましの音で目を覚ます。いつものような強い疲労が体に重くのしかかる。全く、とんでもない夢を見たものだ。世界の移動?あり得ないっての。これは俺の脳が作り出した逃避行動だろう。ましてやそこに美少女が出てくるなんて……きっと、心が安息を求めているのだろう。いずれにせよ、精神的にそろそろやばいかもしれない。いよいよ学校を休むことを考え始めないといけない頃合いかもしれない。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
それでもやはり学校には行かなければならない。ここで休めば、それはただの逃避。親に心配をかけたくないということもあるが、それ以上に、ここで学校を休むということは自分に負けるということになると思った。自分にだけは自分のことをバカにされたくない。だから俺は行く。
学校に到着し、まず異変を感じたのは教室に入ったときだ。
「おはよう姫路くん」「おはよー誠ー」「うぃっす!」
なんでだよ、どうしたんだよ、何があったんだよ。いつもならあいさつどころか振り向きすらしないクラスの連中が、今日に限って俺に積極的にあいさつをしてくる。あまりに突然のことで、俺は教室の入口で硬直してしまった。
「なーにボーッとしてんだよ。ほら、カバン置いてこいよ」
誰かが調子よく声をかけ、俺の背中を押し出す。俺は前につんのめりそうになるが、そこは反射的に踏ん張った。
「お、おぅ……」
戸惑いながらも、とりあえず自分の席に向かうことにした。
それから朝のホームルームが始まるまで誰も話しかけて来なかったが、俺は脳みそをフル回転させていた。なぜ何の関わりもないと思っていたクラスの人たちが急に俺に話しかけて来るようになったのだ? まず考えたのは、これはいじめではないか、ということだ。今までにも聞いたことがあるし、アニメでも同じエピソードを見たことがある。それが、「急にクラスの人々がいじめられっ子に話しかけるようになり、それから間もなく壮絶ないじめが始まった」ということだ。俺の場合も、今でこそみんなフレンドリーに話しかけてきてくれるが、そのうち俺に対して暴力を振るうようになるんだろうなぁ。やべぇ、俺、近いうちにいじめられるんだぜ。「いじめ」を自ら予言する人なんて早々いないぞ。どんなことをされるのかな。痛いのだけは勘弁してくれよ。
ふと、昨日の夢のことを思い出した。すでに夢の内容を忘れかけているので記憶が断片的になっているが、たしか俺は「世界を移動したい」といって、世界を移動する「手続き」を行ったんだっけか。仮に、万が一、何かの間違いであの夢の内容が本当だとしたら、あの美少女が本当に俺を別の世界に移動させたのだとしたら、ここはその「もう一つの世界」ということになる……のか?
いや、信じられない。そんなこと、起こるわけがない。科学的に証明されている事実なのか?もしそうだとしたら、それを発見した人は今ごろなんとか賞をとって超有名になっているだろうし、みんなそのことで大騒ぎになっていることだろう。やっぱり夢なんだ。もしそうじゃないとしたら、これは「思い込み効果」を狙っているのかもしれない。お前は世界を移動した。だからもう今までのような苦しいことは起こらない。夢の中で言われた言葉を信じることで、あたかも自分が本当に世界を移動し、これまでの自分から脱却できたと思い込み、それによって毎日を少しでも楽しく生きようとするように仕向ける、心からのSOSなのかもしれない。やっぱりこれはいじめの前兆なのだ。それが最も根拠がはっきりしていて、確実性のある結論だった。
ところが、クラスのみんなの不思議な行動はさらに続いた。
「姫路くん、さっきの数学の問題、どうやって解いてたか教えてもらえる?」
話しかけてきたのは、俺のことを見向きもしないどころか、避けるような行動すらとっていたクラスの女子だった。
「あー俺も俺も! 教えてくれ、誠!」
その女子の友人と思しきクラスの男子も一緒に混ざる。ていうかこの男子、未だかつて俺のことを下の名前で呼んだことなんてないし、そもそも話す機会すら皆無に等しい。なんで急に馴れ馴れしくなっているんだ? やはりこれもいじめの前兆なのか? それともすでにいじめが始まっているのか? 俺は、そこのないヘドロの沼に、もう突き落とされているのか?
「えー、誠教えてくれねぇのー?」
「せっかく姫路くんの分かりやすい話が聞けると思ったのにー」
「あーごめんごめん、今教えるよ」
それでも俺は、自分の良心に背向くことができず、この不可解な問いかけに対して「イェス」と答えざるを得なかった。
「ありがとう姫路くん、すごく分かりやすかった!」
「さすがだな誠! 頭はいいし教えるのもうまい。なんでもお任せあれだな!」
べた褒めされても、ちっともうれしくなかった。
つい昨日まで感じていたものとは全く別の不快感に満ちた一日が終わり、家に帰る。そこに待っていたのは、昨日までと何ら変わらない、家族の温かい迎え入れと、楽しい団らんだった。いつもの日常という、パズルのピースにぴったりと収まった時間を過ごしているうちに、今日の妙な不快感も吹き飛んでしまった。そして、魚の小骨がのどにつっかえるようなムズムズした感覚を味わいながら眠りについた。今思い返してみれば、この時の俺は久しく「あぁ、今日も無駄な一日だったなぁ」と口にしなかった。

ある日突然始まったクラスのみんなの、「奇怪」とすら感じるほどの謎の行動は、次の日も、その次の日も、そのまた次の日も続いた。初めは違和感しかなく、不快感すら覚えていたが、こんな毎日を続けているうちに違和感が徐々に和らぎ、逆に楽しさを見いだせるほどになっていた。正直、今の自分にも信じられない。それまでマイナスの印象しか持たなかったクラスに、プラスの印象を持つようになっていたのだ。それはいじめられっ子の男がいじめっ子の男に恋をするほどぐらい、あり得ない話だ。しかし、子供がいつの間にかピーマン嫌いを克服したかのように、ごく自然に考えが変わっていた。
俺は再び、あの夢のことを思い出した。あのとき話した子のことは、もう「美少女」であることしか覚えていない。しかし、俺は ―あの夢の中での出来事が本当だとしたら― やっぱり実際に世界を移動し、つまらないことばかりだったあの世界からは消え、今こうして楽しい毎日を送ることのできる世界に存在しているのであろう。ここはひとつ、あの夢を信じてみてもいいんじゃないかと思った。あの不思議な出来事を心の底から信じ、今のこの世界を思いっきり楽しんでみようじゃないか。それでもしやっぱり移動していないということが分かって、元のつまらない毎日が戻ってきたら、その時はその時で打つ手があるはずだ。もしかしたらまたあの時のように「美少女」に慰めの言葉をかけてもらえるかもしれない。今は今、いっちょ楽しんでみますか!
それからというもの、俺の毎日は恐ろしいほどに楽しく、有意義なものへと劇的な変貌を遂げた。学校へ行くという行為が、こんなにも楽しくてわくわくするものだと感じたのはいつ以来だろう。クラスのみんなとの間にあった壁はいつしか取り払われ、壁や孤独など、まるで初めから存在しなかったかのように会話を楽しんでいた。こんな毎日がこれからもずっと続いてほしい。かつてのようなつまらない日々や、無駄な日々など、もう二度と来ないでほしい。そう強く思い、願っていた。しかし、世界はそんなに甘くはなかった。俺につまらない日々をもたらすこの世界の仕組みは、何も変わってなどいなかった。

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