この世界には、科学では証明できないような不可思議な出来事がたくさん存在する。それは例えば幽霊とか、超常現象とか、ジンクスとか。それらには人々を楽しませ、極楽の地へと導くものもあれば、人々を怯えさせ、恐怖のどん底に突き落とすものもある。これらの出来事は、現実に存在するかどうかすらわからないものもあるが、時にテーマパークの人気アトラクションに利用されたり、テレビで視聴率向上のために過剰に脚色して紹介されたりすることもある。
これからお届けするのは、俺、姫路誠が実際にこの目、この耳、この肌、あらゆる感覚器官をもって体験した、この世に存在するすべての法則を駆使したとしても証明できないであろう現象を、何一つ脚色することなく忠実に書き記した物語である。この物語を書いている今感じているのは、果たして自分が本当にその現象を体験していたのか、ということである。しかし、この体に残っている感覚を、何の形にも残すことなく忘れてしまえば、それは空中を舞う塵同然の何の意味も持たない存在と化してしまう。俺は、この現象に何らかの大きな意味があり、いつの日か世界を大きく変える何かになると信じて、この物語を最後まで進めていこうと思う。ちなみに化け物とかは出てこないので安心してほしい。
それは、高校二年になってしばらくたち、いよいよ新学年の生活に慣れようとしていた頃のことだった。たしか五月中旬ごろのことだったと思う。新緑の木々があらゆる自然を緑一色に染め、若葉の生き生きした生命力を感じることのできたころ、俺は、とにかくもやもやしていた。この世界に失望していた。どうしてこの世界は、こうもうまくいかないことだらけなのだろう。テストでは人一倍努力しているつもりなのにいつも点数が悪く、体育では日頃から体力作りをしているつもりなのにいつも思うような結果が残せない、日常生活では、ある特定の男だけ人気が出て、俺はガールフレンドどころか男友達も数えるほど。どうして努力が素直に結果に反映されないんだ。どうして何もしていないように見える人が成功しているんだ。どうして、どうして……
朝になり、目覚まし時計の音で目を覚ます。気持ちいい朝?そんなもん知らねえよ。休日はともかく、平日は起きた瞬間にすでに疲労のピークに達している。浮かない気分で朝食をとり、重たい足を無理やり動かして学校へと向かう。いくらこの世界に失望しようと、学校を休んでは自分の将来に関わってくるし、こんな状況でも家族だけは俺のことを信じて見守ってくれている。家族にだけは迷惑をかけたくない。その思いで家を出ることができている。
夜になり、帰宅する。家族の暖かい「ただいま」の声で、ほっと安心する。しかし、それもつかの間の出来事で、すぐに俺を宿題という、自分にとっての存在意義を見いだすことのできない雑用が待っている。こんなものをこなしたところで、俺の成績が上がらないのは何ヶ月も前からすでに何度も証明されている。数学の証明問題よりも簡単だ。なのにどうして今更こんなものやらなくちゃならないんだよ。それでも、勉強の出来不出来には関係なく問題を解くこと自体は嫌いではなかったので、次の日に宿題をしていないことで先生に怒られないため"だけ"に、無駄なことに時間を費やしていた。
それもやっと終わり、気付けばもう二十四時を越えようかとしている頃だった。明日の準備をして、布団に入る。すると、決まって俺の口からはこうつぶやかれるものだ。
「はぁ~、今日も無駄な一日だったなぁ……」
これはもう布団に入ると自動的に、まるで注射器のピストンで押し上げられるかのように、無意識のうちに発せられる言葉で、生活習慣の一部となっていた。この言葉を発しないことにはどうにも眠りにつくことができない。それほどに俺の世界に対する失望は大きいものだった。あ、そういえば昨日録画されたアニメ見る時間なかったな。明日にでも見るとしよう。次第にうとうとと意識がもうろうとし、ようやくこの世界から自分の意識を切り離すことができた……
「あなたの人生……変えてみませんか……」
そんな声が聞こえたような気がした。初めは夢だと思っていた。しかし、その声の向く先は明らかに俺で、それは俺に対しての何者かからのメッセージだった。その言葉はうさんくささ全開だったが、世界にひどく失望していた俺は、不覚にもその言葉を信じようとしてしまっていた。だめだわ、多分俺、将来何かの詐欺の被害に遭うわ。
将来への不安は、今はどうでもいい。とにかく、今は自分の人生を変えてみたいと、本気で思っていた。俺は、その呼びかけに応じることにした。おそらく現実で誰かから話しかけられているわけではなさそうなので、どう返答したらいいのか戸惑った。とりあえず、自分が話したいことを、頭の中に念じてみることにした。
「誰かはわかりませんが、その話、詳しく聞いてみたいです」
そう念じた瞬間、目の前が急にぐるぐる回り始めた。今、自分の視界には何かよくわからない、混沌としたものが映っていて、それが液体をぐるぐるとかき回した時のように幾何学模様を描きながら渦を巻いていった。次第に自分の目も回り出し、思わず目をつむった。いや、ここは夢の世界のはずだから、既に目はつむっているはず。しかし、何らかの形で視界を閉ざすことは出来た。そうして、自分までが混沌とした渦に飲み込まれてしまわないよう努力した。
「ん……うーん……」
気がつくと、俺は大きなベッドのような所に寝ていた。マットレスの感触など、明らかにいつも自分が寝ているそれの感触ではない。あたりを見渡すと、上からは昼光色の明かりがさんさんと降り注いでいた。布団や枕、さらには壁や天井、床に至るまですべてが透き通った白で、寝起きの目を鋭く刺激した。さらに見渡すと少し離れたところに大きめのソファ、そしてそこには、美少女が座っていた。
「あ、気付きましたか?」
その声にはあどけなさが残っていた。声質からして、おそらく中学生から高校生、といったところだろうか。改めてその少女を見る。髪はロングで、ウェーブがかかっているように見える。制服のような衣服を見にまとい、上には紺のセーター、下にはスカート、そしてタイツを履いていた。見た目はまさしく「ゆるふわ」の言葉そのものだった。足はほっそりとしていて、足首からふくらはぎ、そしてひざにかけて素晴らしいほどに美しいカーブを描いていた。そしてなんといっても、めちゃくちゃかわいい。服の色合いを忘れさせてくれるほどのまばゆい笑顔をふりまいていて、もしかしてこの部屋の光源は彼女なんじゃないか、とすら思えるほどの明るい表情だった。
「ちょっと……そんな変な目で見ないでください……」
彼女は俺の変態丸出しの視線に気付いたのか、腕で体を守るように丸くなり、縮こまってしまった。やべぇ、その仕草、その表情、その声色……かわいすぎて悶えるぜ!!
……っと、俺がそんな変な考えを持つから彼女が怯えてしまったんじゃないか。とりあえず俺は起き上がり、謝罪してから少女に聞いてみた。
「それより、ここはどこなんだ?」
「知りたいですか? だったら、もうあんな目で私を見ないでくださいね?」
「あぁ。わかった」
「約束ですよ?」
少女は俺のすぐ前に、まるで小さな子供に話しかけるお母さんのようにしゃがみ込み、上目遣いでお願いしてきた。この世には、約束を一秒たりとも守らせない、卑怯な人間がいるものなんだな。俺は変な目をしていることがわからないよう、横を向いて言った。
「あ、あぁ……君がそんな、男を惑わせるような仕草をしてこなければな……」
それから彼女は俺から離れ、ソファの上に立ち人差し指を立てて説明を始めた。
~つづく~
これからお届けするのは、俺、姫路誠が実際にこの目、この耳、この肌、あらゆる感覚器官をもって体験した、この世に存在するすべての法則を駆使したとしても証明できないであろう現象を、何一つ脚色することなく忠実に書き記した物語である。この物語を書いている今感じているのは、果たして自分が本当にその現象を体験していたのか、ということである。しかし、この体に残っている感覚を、何の形にも残すことなく忘れてしまえば、それは空中を舞う塵同然の何の意味も持たない存在と化してしまう。俺は、この現象に何らかの大きな意味があり、いつの日か世界を大きく変える何かになると信じて、この物語を最後まで進めていこうと思う。ちなみに化け物とかは出てこないので安心してほしい。
それは、高校二年になってしばらくたち、いよいよ新学年の生活に慣れようとしていた頃のことだった。たしか五月中旬ごろのことだったと思う。新緑の木々があらゆる自然を緑一色に染め、若葉の生き生きした生命力を感じることのできたころ、俺は、とにかくもやもやしていた。この世界に失望していた。どうしてこの世界は、こうもうまくいかないことだらけなのだろう。テストでは人一倍努力しているつもりなのにいつも点数が悪く、体育では日頃から体力作りをしているつもりなのにいつも思うような結果が残せない、日常生活では、ある特定の男だけ人気が出て、俺はガールフレンドどころか男友達も数えるほど。どうして努力が素直に結果に反映されないんだ。どうして何もしていないように見える人が成功しているんだ。どうして、どうして……
朝になり、目覚まし時計の音で目を覚ます。気持ちいい朝?そんなもん知らねえよ。休日はともかく、平日は起きた瞬間にすでに疲労のピークに達している。浮かない気分で朝食をとり、重たい足を無理やり動かして学校へと向かう。いくらこの世界に失望しようと、学校を休んでは自分の将来に関わってくるし、こんな状況でも家族だけは俺のことを信じて見守ってくれている。家族にだけは迷惑をかけたくない。その思いで家を出ることができている。
夜になり、帰宅する。家族の暖かい「ただいま」の声で、ほっと安心する。しかし、それもつかの間の出来事で、すぐに俺を宿題という、自分にとっての存在意義を見いだすことのできない雑用が待っている。こんなものをこなしたところで、俺の成績が上がらないのは何ヶ月も前からすでに何度も証明されている。数学の証明問題よりも簡単だ。なのにどうして今更こんなものやらなくちゃならないんだよ。それでも、勉強の出来不出来には関係なく問題を解くこと自体は嫌いではなかったので、次の日に宿題をしていないことで先生に怒られないため"だけ"に、無駄なことに時間を費やしていた。
それもやっと終わり、気付けばもう二十四時を越えようかとしている頃だった。明日の準備をして、布団に入る。すると、決まって俺の口からはこうつぶやかれるものだ。
「はぁ~、今日も無駄な一日だったなぁ……」
これはもう布団に入ると自動的に、まるで注射器のピストンで押し上げられるかのように、無意識のうちに発せられる言葉で、生活習慣の一部となっていた。この言葉を発しないことにはどうにも眠りにつくことができない。それほどに俺の世界に対する失望は大きいものだった。あ、そういえば昨日録画されたアニメ見る時間なかったな。明日にでも見るとしよう。次第にうとうとと意識がもうろうとし、ようやくこの世界から自分の意識を切り離すことができた……
「あなたの人生……変えてみませんか……」
そんな声が聞こえたような気がした。初めは夢だと思っていた。しかし、その声の向く先は明らかに俺で、それは俺に対しての何者かからのメッセージだった。その言葉はうさんくささ全開だったが、世界にひどく失望していた俺は、不覚にもその言葉を信じようとしてしまっていた。だめだわ、多分俺、将来何かの詐欺の被害に遭うわ。
将来への不安は、今はどうでもいい。とにかく、今は自分の人生を変えてみたいと、本気で思っていた。俺は、その呼びかけに応じることにした。おそらく現実で誰かから話しかけられているわけではなさそうなので、どう返答したらいいのか戸惑った。とりあえず、自分が話したいことを、頭の中に念じてみることにした。
「誰かはわかりませんが、その話、詳しく聞いてみたいです」
そう念じた瞬間、目の前が急にぐるぐる回り始めた。今、自分の視界には何かよくわからない、混沌としたものが映っていて、それが液体をぐるぐるとかき回した時のように幾何学模様を描きながら渦を巻いていった。次第に自分の目も回り出し、思わず目をつむった。いや、ここは夢の世界のはずだから、既に目はつむっているはず。しかし、何らかの形で視界を閉ざすことは出来た。そうして、自分までが混沌とした渦に飲み込まれてしまわないよう努力した。
「ん……うーん……」
気がつくと、俺は大きなベッドのような所に寝ていた。マットレスの感触など、明らかにいつも自分が寝ているそれの感触ではない。あたりを見渡すと、上からは昼光色の明かりがさんさんと降り注いでいた。布団や枕、さらには壁や天井、床に至るまですべてが透き通った白で、寝起きの目を鋭く刺激した。さらに見渡すと少し離れたところに大きめのソファ、そしてそこには、美少女が座っていた。
「あ、気付きましたか?」
その声にはあどけなさが残っていた。声質からして、おそらく中学生から高校生、といったところだろうか。改めてその少女を見る。髪はロングで、ウェーブがかかっているように見える。制服のような衣服を見にまとい、上には紺のセーター、下にはスカート、そしてタイツを履いていた。見た目はまさしく「ゆるふわ」の言葉そのものだった。足はほっそりとしていて、足首からふくらはぎ、そしてひざにかけて素晴らしいほどに美しいカーブを描いていた。そしてなんといっても、めちゃくちゃかわいい。服の色合いを忘れさせてくれるほどのまばゆい笑顔をふりまいていて、もしかしてこの部屋の光源は彼女なんじゃないか、とすら思えるほどの明るい表情だった。
「ちょっと……そんな変な目で見ないでください……」
彼女は俺の変態丸出しの視線に気付いたのか、腕で体を守るように丸くなり、縮こまってしまった。やべぇ、その仕草、その表情、その声色……かわいすぎて悶えるぜ!!
……っと、俺がそんな変な考えを持つから彼女が怯えてしまったんじゃないか。とりあえず俺は起き上がり、謝罪してから少女に聞いてみた。
「それより、ここはどこなんだ?」
「知りたいですか? だったら、もうあんな目で私を見ないでくださいね?」
「あぁ。わかった」
「約束ですよ?」
少女は俺のすぐ前に、まるで小さな子供に話しかけるお母さんのようにしゃがみ込み、上目遣いでお願いしてきた。この世には、約束を一秒たりとも守らせない、卑怯な人間がいるものなんだな。俺は変な目をしていることがわからないよう、横を向いて言った。
「あ、あぁ……君がそんな、男を惑わせるような仕草をしてこなければな……」
それから彼女は俺から離れ、ソファの上に立ち人差し指を立てて説明を始めた。
~つづく~