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【自作小説】World Resetter ~Crossing Memory~「第14話 大切なあの子のための最適解」

 俺は、半ば無意識的に、再びあの喫茶店を訪れていた。人生について困ったときにはマスターに尋ねればいい。人生経験豊富なマスターなら、きっと問題解決のための道筋を教えてくれるはずだ。鮮やかな期待を胸に、俺は重い木の扉を押し開いた。
「その質問については、答えることも、ヒントを与えることもできないな」
 マスターは、俺の相談に終始耳を傾け、時折コーヒーを含みながら、まるで素晴らしい答えへの道程を示してくれるかのような素振りを見せておいて、このような淡白な回答にとどめた。マスターなら教えてくれると思ったのに。俺はマスターに裏切られたような気分で、怒りと悲しみを胸に抱きつつも、それでもマスターのこの発言にはまだ何か意味があるのではないかと思い、おそるおそる尋ねてみた。
「どうして、マスターはこの質問に答えてくれないんですか」
「それはね、残っている問題が君の心の中にあるたった一つの決断をどうするか、ということだけだからだよ。私は今まで、この世界の複雑な仕組みやいろんな問題が絡み合ったややこしい状態に対してアドバイスをしてきたけど、最後にどうするかは君の判断に委ねていただろう?今回もそれと全く同じことさ。この問題に関しては、世界の複雑な仕組みについては君はすでに理解している。ややこしい問題についても君はおおよそ理解できていると私は感じた。ならば、残るは君の心の中で判断を下すだけなんじゃないか?」
「だから、それに困っているからマスターに尋ねているのであって……」
「自分の人生の判断を他人に委ねる人ほど、愚かな者はいないよ。私がこの問題についてアドバイスをしたら、確かに君の心の中のもやもやは消えるかもしれない。でも、それは君の判断ではなくて、私の判断だろう?私の判断で二人、いや、君を入れた三人の人生が左右されて、君たちはそれを本当に幸せだと思えるのかい?人間は、たしかに誰かと助け合って生きていく生き物だけれど、なんだかんだで、結局独りぼっちにならなきゃならないんだよ。そういう意味では、君みたいに、すでに二人で助け合って生きていく未来が保証されている人生ほど、豊かなものはないと思うんだけどな」
 俺は、マスターの言葉を理解するための脳の処理が追い付かなくなり、心身の激しい混乱で痙攣を起こしそうになった。そして、早くこの場から立ち去りたいという生存本能が働き、コーヒーの代金を乱暴に置いて、喫茶店を飛び出してきた。マスターの精神攻撃は、どうやら俺の精神を本気で殺しにかかってきていたようで、喫茶店から飛び出し、再び公園に戻ってきたときは股間の周囲が白濁液にまみれていた。

 俺は、喫茶店の近くにある公園に立ち寄り、ベンチに横になった。いつか、「あの子」の存在がいなくなった世界で目覚めたときのように、あるいはまったく別の世界に移り、自らの体が小さくなっていることに気づいたあの時のように、空を仰ぎ見た。そして、できるだけ時間をかけて、マスターや謎の少女の言葉を自分の理解できるように解釈しようとした。
「自分の心の中のその混乱を一度整理して、自分の気持ちに正直になって、今のもやもやした考えに、たった一つの答えを見出すこと。きっと恵吾くんにとっては、痛みの伴うものになると思う。でも、その後には必ず、恵吾くんにとっての幸せが待ってると思う」
 少女の言葉が、胸の奥深くに突き刺さった。わかってるよ……そんなことぐらい。おそらく、自分の中ではもう結論は出ているのかもしれない。心の準備さえできれば、その結論を受け入れ、その瞬間、すべての問題が解決する。しかし、「痛みを伴う」の、その痛みが自分にはおそらく耐えがたいものになるはずで、そのあとにたとえ最高の幸せが待っていたとしても、その痛みを伴ってまで命の恩人を見捨てるような道には進みたくなかった。俺は、何かまだ解決策があるはずだと考え、仰向けになったまま、ひたすら脳内思考を繰り返した。やがて日が暮れ、家に帰ってからも勉強や趣味などそっちのけで、紙とペンも使って解決策を見出すことだけに全力を注いだ。そんな生活は際限なく続き、いつしか俺は高校を卒業し、大学に進学していた(一応勉強もそれなりにしていたので、人生やり直しを終える前に忠告された「結末は同じものになる」の言葉通り、大学進学はできた)。

 しかし、いくら脳をフル回転させ、体調を崩すほど思考を繰り返しても、新たな解決策は見出すことができず、残された選択肢はやはり「『一人』だけを愛し、『もう一人』を見捨てる」だけであった。残された時間は、もうほとんどない。人生やり直しを終える直前に少女から忠告された内容が事実であれば、俺は大学を卒業後、「あの子」と結婚し、「あの子」との間に新しい命を授かることになる。遅くともそれまでに何らかの結論を出さなければ、「あの子」との関係に影響が出ることは避けられない。ましてや今はあの子の実体がこの世にない。俺が判断を誤れば、「あの子」は一生姿を見せないかもしれない。俺は、「あの子」の名前、顔、俺にしてくれたこと、そのすべてを再び思い出すことなく、自らの人生を終えることになるかもしれない。俺は、早急かつ正確かつすべてに対して最適な結論を出さなければならなかった。それはおそらく、人の殺生を自らの手で決断するよりもずっと重たいものであった。

「この問題に関しては、世界の複雑な仕組みについては君はすでに理解している。ややこしい問題についても君はおおよそ理解できていると私は感じた。ならば、残るは君の心の中で判断を下すだけなんじゃないか?」
「人間は、たしかに誰かと助け合って生きていく生き物だけれど、なんだかんだで、結局独りぼっちにならなきゃならないんだよ」
 いつかマスターが発したその言葉を反芻する。確かに、俺はこの世界の様々な複雑な事情を(俺の知る限り)すべて理解している。自分がどんな決断を下せば世界がどのように転ぶか、今の俺には大体わかる。理解できないのは、二人が存在しないという事実だけであった。
 それに、「結局独りぼっちにならなきゃいけない」という言葉も、よくよく考えてみればその通りだと思った。それはおそらくそう遠くない将来に来るであろう親の死、小中高時代の友人との別れ、そして……俺が何よりも一番怖かったのが、将来のパートナーとなる「あの子」の死、そして自らの死である。人の死について考えるのは不謹慎かもしれないが、人間である以上、死を避けて通ることはできない。もし、「あの子」が先にあの世へ旅立つことがあったとき、おそらく俺は激しく泣き叫び、深い悲しみと絶望にくれながらも、それでも「あの子」の分もちゃんと生きようと力強く進むことはできるはずである。しかし、もし俺が先に旅立ってしまったら?残された「あの子」はどうする?きっと、俺と同じかそれ以上に悲しむはずだ。そして、きっと「あの子」のことだから、それでも俺の分まで生きようと立ち直るはずだ。でも、「あの子」には……「あの子」にだけは、一番身近な人の死という、おそらく人が味わう中で最も深い悲しみを、与えたくなかった。人間は、一生誰かと助け合って、とは言いながらも、結局死の瞬間は独りぼっちになる。どちらが先に旅立つかは、世界の仕組みですでに決まっているはずだ。
 ……待てよ?ということなら、俺が最終的に「あの子」と一生を添い遂げるか、「もう一人」を思いながら一生「偽物」の愛に溺れるのか、あるいは両者を共存することになるか、ということも、世界の仕組みですでに決まっているのではないだろうか。俺は今まで「人生のやり直し」と称した世界線の移動を経験し、おそらくある世界線では、過去から現在、そして未来に至るまでのすべての出来事は完全に確定しており、未来の出来事を変えるには世界線を移動するほかないということがわかった。そして、今の俺に世界線を移動できるような、例えば「人生のやり直し」のような経験はない。そうであれば、たとえ俺がどんなに大きな決断を下したところで、それは藁半紙の端くれに描いた落書きに過ぎず、すべての出来事はあらかじめ決められたシナリオにそってただ事務的に行われるだけなのではないだろうか。そのことを考えたとき、俺が今まで自分のすべてを出して思考し続けてきたことはすべて無意味で、俺がどんな決断をしようと結果は同じだと気付いた。

 ……よし、二人を同じぐらい愛するのはやめよう。恩人ではあるけど、それ以上でもそれ以下でもない。「もう一人」の子は、俺の身近な「友人」の一人で、俺が「一生の愛を捧げる人」は、俺がたった今もその姿形を思い出すことのできない「あの子」、ただ一人。

 5年に及ぶ思考の結論は、きわめてシンプルであった。
※この物語はフィクションです。

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