スキップしてメイン コンテンツに移動

【自作小説】World Resetter ~Crossing Memory~「第13話 答えのない問い」

 再び意識が本来あるべき位置に戻ってきたとき、俺はいつか体験したのと同じように首から上しか実体が存在しないかのような感覚に陥っていた。外界は完全に真っ暗闇で、自分自身が今どこにいるのか、そもそも自分という存在が本当に存在しているのか。次々に降りかかる事実が俺をさらに混乱させ、ますますわけが分からなくなってくる。
「久しぶり、だね。まさか、こういう形で恵吾くんとまた会えることになるとは思わなかった。嬉しい、な……」
 そのように話す少女に、どこか思い当たる節があった。しかし、それが何を示しているのかはわからず、少女が誰であるか、そして俺にとっての何であるかは、少なくとも現時点の俺にはわからなかった。
「ごめん……君と俺、どんな面識があったっけ……」
「……なるほど。恵吾くんの事情はわかったよ。そして、どうして私がここに来たのかも、ね」
 少女はこの混乱した状況を、むしろ楽しんでいるかのような調子で続けた。
「ここは、おそらく心の乱れと記憶の錯誤が具現化した世界だね。恵吾くんは、ここに来るまでにきっと自分では抱えきれない心の大きな変化があったか、自分でもわけが分からないような、心境の変化があったと思う。世界の仕組みってなかなか面白くて、そういう混乱の度合いが自分の中での閾値を超えてしまうと、それがその人の世界線に影響を及ぼして、心の状態が具現化して現実の世界に何らかの影響を及ぼす世界に飛んでしまうみたい。いま、恵吾くんが悩んでいるのも、おそらくこれで説明がつくと思う」
「心の乱れが具現化した世界、か……それは、俺が以前体験した「やり直し」の世界とは違うのか」
「世界の仕組みは違うけど、世界線を移動する点では共通しているかな。心の変化が移動に関与しているのも一緒だね。恵吾くんは、ここ最近というか、だいぶ前から心に何か引っかかるものがあるんじゃない?」
「うん……俺が大切にしていて、でも事故で死んじゃった「早苗」って子が、実は「早苗」じゃなくて、俺が「早苗」の紹介で仲良くなって、人生のやり直しを重ねていく中で、結婚したり子供を授かったりした「瑠香」だったかもしれないんだ……」
「恵吾くんが本当に大切で、かけがえのない存在だって思ってるのは?」
「もちろん、早苗だ」
「恵吾くんが一生を捧げたい、あるいは身を委ねてほしいって思ってるのは?」
「もちろん、瑠香だ」
「……なるほどね。わかっちゃったかも」
 少女は含み笑いを浮かべ、まるで俺のすべてを察しとったかのように満足げな表情を浮かべ、言葉を続けた。
「今の質問ね、こちらが意図している回答が一つだけ返ってくるはずの質問を、聞き方を変えて問うてみただけ。にも関わらず、恵吾くんはその質問に対して二つの答えを提示した。それも即答で。周囲の状況によって自分の心の状態が変化する、これこそが、恵吾くんがいま置かれている、不安定な状態なんだよ」
「でも、大切でかけがえがないのと、一生を捧げたり身を委ねてほしかったりって、意味は違うんじゃないか?」
「違わないよ」
 その少女は、まるで誰か特定の人物をただすかのように強い口調できっぱりと答えた。彼女の返答は、なぜか俺の心に深く突き刺さった。
「女の子にとってみたら、そんな細かいニュアンスの違いなんて、誤差の範囲に過ぎないんだよ。大事なのは、恵吾くん自身が、たった一人の女の子を心の底から愛しているかどうか、なのよ」
「でも、俺にとってはどちらも大事な存在で……」
「甘い!そんなんだから、何度も何度も人生のやり直しをする羽目になるんじゃない!!一人の人間が複数の異性のことを大切にすることなんて、できないの……人は、たった一人の異性を愛すると決めたら、ほかの人間はどんなことをしてでも蹴落とさないといけないの。それが、たとえ自分にとっての命の恩人であったとしても、自分がいま愛している人とつながるきっかけを作ってくれた人であっても、ね……」
 気が付くと、その少女は泣いていた。まるで、自分の発した言葉が自分に不幸をもたらすことをわかっていながら、それでも自分の思う相手が幸せになることをただ一心に願っているかのようであった。そして俺は、そんな彼女のことを全く思い出せないにもかかわらず、彼女の言葉は自らの心を深くえぐり、精神の表面を蝕んでいた不安定な思考を取り除いてくれたような気がした。
「この世界から抜け出す方法はただ一つ、自分の心の中のその混乱を一度整理して、自分の気持ちに正直になって、今のもやもやした考えに、たった一つの答えを見出すこと。きっと恵吾くんにとっては、痛みの伴うものになると思う。でも、その後には必ず、恵吾くんにとっての幸せが待ってると思う。きっと、二人を大切に思う気持ちを捨てきれずに二人とも会えず、想像の中の存在に頼って自慰にふけって偽物の幸福に身を任せているより、ずっといいことで、快楽を味わえることだと思う。最終的な判断をするのは恵吾くん、あなた自身だから」
「あの……!」
 お礼を言おうと口を開いたその瞬間、少女はもういなくなっていた。これが不安定な世界なのか、などと、自分の手には到底負えない大きな事実を顧みながら、元の色彩が戻ってきた空を仰ぎ見ていた。

 俺は、改めて先ほどの少女の言葉について考えていた。彼女の言うことが本当なのだとすれば、俺は瑠香か早苗のどちらか一人を選び、もう一人は見捨てなければならないことになる。だとすれば選ぶのはもちろん瑠香である。こういう言い方は早苗に極めて失礼だが、早苗―少なくとも俺が今まで「早苗」と認識していた少女―はもう亡くなってしまったが、瑠香はまだ生きている。そのうえ、やり直し世界での出来事ではあるが、お互いの将来を誓い合った。人生のやり直しを終える直前に早苗から聞いた「今まで通りの人生を過ごせば、必ず瑠香と結ばれる」という言葉が真実であれば、間違いなく瑠香を選んだほうが俺も、そして瑠香も、幸せになれる。
 じゃあ、早苗はどうでもいいのか……?否。ましてや早苗は、俺と瑠香がこれほどまでに深い関係に至るきっかけを作ってくれた人物だ。そんな彼女の恩を仇で返すような真似をすることは、俺の心が決して許さなかった。それに、俺は早苗の心からの気持ちに対して言葉の暴力を突き立て、それが原因で早苗は命を落とした。間接的に彼女を殺した罪償いにほど遠いことはわかっているが、それでもせめて何か早苗にしてあげられることはないかを考え、俺は彼女の気持ちに応えるべく、このように瑠香を一生大事にする決意を決めつつ、早苗のこともかけがえの存在であると常に心に留めている。それが二股ではないことは明らかだが、かといって生半可な気持ちで早苗の気持ちに応えているつもりはない。
 しかし、先ほどの少女が言うには、この二人に同時に愛を注ぐ状態が心の不安定化を招いているのだという。俺としては瑠香との幸せな日々を過ごしたい。しかし、そのために早苗を犠牲にするのは嫌だ。俺が抱えるにはあまりに重すぎる二つの現実の間で板挟みになり、埒が明かなかった。


 俺は、再び喫茶店を訪れることにした。大切なあの子のための最適解を、求めるために。

※この物語はフィクションです。

このブログの人気の投稿

【初心者VRDJ向け】とりあえず何すればいい?DJ練習できる場所ってあるの?【VRChat】

ここ最近、VRDJが急激に増加したなぁ、と実感しています。 かくいう私もDJキャリア自体は2020年7月にスタートしたものの、VRDJとしてのデビューは今年1月なので、「急激に増加した」うちの一人にカウントされると思います。 さて、あなたはVRChatでいくつかのDJイベントに参加し、そのプレイに魅了され、「自分もDJをやってみたい…!」と思ったとします。まずは機材の購入!ということで、勢いでDDJ-400あたりを購入することでしょう(※)。 「…で、機材買ったはいいけど、結局何をすればVRDJデビューできるんだ?」 そういえばVRDJのキャリアの始め方について解説した記事ってそんなにないよなぁ(あっても情報が古いよなぁ)、と思ったので、これまで私がVRDJをやってきた中で経験した・見聞きした情報をもとに、2022年8月現在の情報で「とりあえず何すればいい?」というところがざっくりわかる記事を書きたいと思います。 なお、私は前述の通りVRDJデビュー以前に1年半近くのDJキャリアがあったことや、「我流」でやった部分が少なくなかったこともあり、これから紹介するVRDJキャリアの歩み方をほとんどたどっていません(おい)。そのため、下記で紹介している内容は実際の初心者VRDJの多くが実際に通ってきたキャリアとは異なる箇所があるかもしれません。あくまで一つの例としてとらえていただき、フレンドの方と協力し合いながら楽しくVRDJライフを送っていただければと思います。 ※個人的にはこれから長くDJキャリアをやっていきたいとお考えなら、少し値は張りますがDDJ-800を購入することをおすすめしています。DDJ-400と比較してDDJ-800の優れているポイントを解説した動画を以前投稿しましたので、ご興味ございましたらぜひご覧ください。 手順0:VRDJのフレンドを増やす …いや手順1じゃないんかい!と思ったかもしれませんが、リアルDJにしてもVRDJにしても、まずは交友関係を広く持つことが重要だと思います。 いつもとアバターが違いますが左から2番目のちっこいのが私です VRDJキャリアを始めたばかりのあなたは、言ってみれば「VRDJ」という学校に転校してきた転入生です。芸能人が転校してきた!とかであれば交友関係を持たなくても人は集まるかも知れませんが、そのような極端な例でない限り

【特集】HeXaHedronの音響システムについて

 「HeXaHedron」は、私 廻音あじおがVRChat上で運営しているクラブワールドです。2022年10月のオープン以来、「Immersive Sound Experience」をメインコンセプトに、リアルクラブのような重低音・音圧を体験できる空間づくりを一貫して重視してきました。 2024年からはこれまで複数主宰してきたクラブイベントを「Sound Freeak」に統合するとともにVRCで主宰するすべてのイベントを「HeXaHedron」や「HeXaHedron」の音響ノウハウを活用したワールドで開催しているほか、先日5月8日には音響のこだわりを受け継ぎつつライティングを一新するなどビジュアル面を強化した「Ver.3.0」をリリースするなど、「Immersive Sound Experience」を軸とした「HeXaHedron」ブランドのさらなる向上に努めています。 ありがたいことに多くのDJ・来場者にご評価いただいており、レンタルでのご利用も増加している「HeXaHedron」の特長・魅力についてより広く知っていただくため、ここに「HeXaHedron」の音響システムについて解説します。 なお、以下で解説する内容の一部は2023年11月に配信された「たまごまご」さんのライブ「VRDJに聴く!」でもお話しています。この配信では私の主宰イベント「Channel CUEration(現 Sound Freeak)」や私のDJ・VRDJの経歴等もトークしていますので、ぜひアーカイブを併せてご覧ください! 解説の前に:VRクラブで音響にこだわる意味 最近でこそ音響にこだわったVRクラブワールドはかなり増えましたが、「HeXaHedron」をリリースした2022年ごろはそういったワールドは希少で、そのワールドで開催されるすべてのイベントで配信リレーの仕組みを使ったリアルタイム音響調整の運用を行っていたのは私の知る限りHeXaHedronが唯一でした。 VRクラブでこれまで音響が重視されてこなかった背景として、Unity・VRC SDK等の技術的制約はもとより、プレイヤーによる聴取環境の違いが関係していたのではないかと推察しています。 リアルクラブにおいては一つの空間に人が集まるので、当然ながらクラブにいるすべての人が同じ条件で音を聴くことになります。一方、VRクラブや

【開封レビュー】ドスパラノートPC「Altair VH-AD」

今回はドスパラの激安ノートPC「Altair VH-AD」(以下、Altair)を購入しましたので、ファーストインプレッションをお送りします。 私は現在、大学の学科指定の実習用PCとしてMacBook Airを使用していますが、2013年に購入してもらってから3年弱使用し続け、徐々にバッテリーの劣化によるバッテリー持続時間の減少が気になってきていました。また、私は 大学院への進学 を目指しており、4年生に上がる前のこの機会に心機一転ノートPCを一新して気合を入れようと考えました。 当初はマウスコンピューターの法人向けブランド「MousePro」の13.3型ノートPCを購入する予定でした(本来は法人ユーザーしか購入できませんが、私の通っている大学では大学生協を通じて注文することで、各社の法人向けPCを購入することができるそうです)。しかし、機種の最終選定を行っていた1月8日、突然ドスパラから税込3万円未満の激安ノートPCが発売されました。とはいえ、私はドスパラのノートPC・タブレットで何度も買い物を失敗しており、今回も「どうせ安かろう、悪かろうだろう」と思い、すぐの購入は躊躇しました。しかし、デザインやインタフェースなど、魅力的な点もないわけではなく、さらに私が検討していたMouseProのノートPCのCPUの性能がドスパラの激安ノートPCよりわずかしか上回っていないことがweb上に掲載されているベンチマークの結果から判明し、「使用用途的にもそこまで性能は必要ないし、性能がほぼ同じならより安いほうがいいだろう。もしまた購入に失敗しても3万円未満であればあきらめがつくし」ということで、購入を決意しました。今回は購入にあたって売却したものはありませんが、下取りサービス(PC(壊れていても欠品があってもOK)を無料で引き取り、購入価格から1,000円値引いてくれるサービス)を利用し、いろいろあって売却不可能になったWindowsタブレット「DG-D08IWB」を出すことにしました。普通に買い取りに出そうとしても値がつかない商品を実質1,000円で買い取ってくれると考えれば、動かないものを手元に放置するよりかはマシでしょう。 それではさっそく開封していきましょう!なお、私は以前ノートPCとしてドスパラの「Critea DX4 with Bing」(以下、Critea