店を出た俺は、やはりそのまま家路を往く気にはなれず、喫茶店からさらに奥へと進んだ小さな公園に向かった。かつて、ここで自分の身に冗談抜きで人生が変わる出来事が何かあったような気がするが、うまく思い出すことができない。そもそも本当に自分の身に起こっていたことなのかも、今はもうわからない。公園の真ん中にある、いつか寝そべったことのある、あるいは初めて座るかもしれない、青いベンチに横になった。この数時間に起こった出来事はあまりに濃厚で、脳が猛烈に疲弊していたようで、仰向けになって大空を真正面に受けると同時に、強い睡魔になすすべをなくした。すーっと意識が彼方へと吸い取られ、ついでに誰かの存在も一緒にどこかへ吸い込まれてしまうような感覚であった。
はっと気が付いたとき、もしかして自分の身に何か異変が起こっているのではないかと疑う自分がいた。例えば自分の肉体が小学生同然になってしまい、時間もまた小学生時代にタイムスリップしてしまっているのではないかと。あるいはそれが中学生時代なのではないかと。しかし、自分の体に触れ、「もの」を上下に激しくピストンし、いつか「あの子」の中に出したのと同じ白濁のそれを目にして、自らの体には何も異変がないことが確認された。そして、携帯電話の時計を確認し、年月日が居眠り前と変わっていないこともわかり、タイムスリップも起きていないことが確認された。一安心し、携帯電話の通話アプリを開き、「あの子」にメッセージを送ろうとした。
「……あれ、「あの子」って、誰だっけ……?」
居眠り前までは容易に思い出せたはずの、俺が一番大切にしていた少女の名前が、俺がやり直し人生を終える直前、新たな命を授かった彼女の名前が、思い出せない。「あの子」は通話アプリを本名で登録していたため、トークリストを探せばすぐ思い出せるだろう。一番大切な相手の名前を度忘れするなんて、男として最低だな、と内心感じつつ、リストを繰った。
しかし、どれだけ探しても、「あの子」のものと思しきトークは見つからなかった。「あの子」と最後にトークをしたのは昨日だったので、そのトーク内容を手掛かりに履歴を一つ一つ見てみたが、まるで初めから存在しなかったかのように、あるいは俺自身が何らかのきっかけで意図的に消去したかのように、「あの子」との会話の履歴は消え去っていた。まさかと思って、電話の通話履歴をさかのぼってみると、「あの子」との通話の記録だけ履歴から消えていた。というよりも、もはや「初めから「あの子」との通話などなかった」かのようで、あまりに不気味が過ぎた。
「まさか……そんなわけ、ないよな……?」
俺は、名前すらも思い出せない「その子」の存在がどこにも感じられないことに、徐々に恐怖心が増大していった。ということは、もしかして、そういうことが、あるのか……?俺は、一言一句暗記している彼女の自宅の住所を地図アプリに入力した。以前何度か彼女の家に行くためにアプリで場所を検索したことがあったため、検索履歴にその住所が上がってきた。しかし、検索ボタンを押して出てきたのは、「あの子」の家までの経路ではなく、「その住所は存在しません」という事務的なメッセージだった。そのあまりにも虚無的で無機質なメッセージは、まるで「あの子」が虚無の彼方へ消えてしまったかのようで、べとついた冷たい汗が背中やわきの下に噴き出てきた。
仕方ないので、最後の手段として、以前行った時の記憶を頼りに「あの子」の家を探すことにした。彼女の家へ向かう途中、いくつか目印となる看板や標識があり、それは道を進む中で容易に思い出すことができた。そしてそれらの目印は最後の曲がり角を曲がるところまで記憶と相違なく存在していた。おかしいのはこの携帯電話なのだと、「あの子」の家に到着した瞬間に手元の端末を地面に強く叩きつけようなどと考え始めた。
しかし、最後の曲がり角を曲がってすぐ現れるはずだった、少なくとも自分の記憶ではそうであったはずの彼女の家は、一向に現れる気配を見せず、間もなく別の交差点に到達した。それは道中確かに見かけたもので、つまり原因はわからないながらも、来た道を戻ってきたことを意味していた。おかしい。経路的にこんなにも短時間に来た道に戻ってくるはずがない。不気味な感覚を覚えながら、改めて記憶を頼りに同じルートをたどった。しかし、いくら歩けど、一向に「あの子」の家が現れる気配はなく、俺を待っていたのは元来た道へと出る交差点であった。それを百数十回ほど繰り返しただろうか、ついに見覚えのある塀が見えてきた。あたりは完全に真っ暗になり、人や車の気配はなくなっていた。早く家に帰らなければ親に心配を……などといった感情は一切なく、俺は「あの子」に会うためだけにこの身のすべてを捧げ、命をかけていた。
「やっと……家にたどり着いた……」
おぼつかない足取りになりながらようやく「あの子」の家の前に到着する。ゆっくりと顔を上げる。そこにあったのは「あの子」のあたたかな家庭ではなく、かつてそこに存在していたであろう家族の温かみを忘れた更地と、「売土地」の無機質な看板であった。
俺はその瞬間、携帯電話ではなく、自分の体を地面に叩きつけるかのようにすとんと座り込んだ。いつか経験したかのように、体中からありとあらゆる体液が排出され、目の前に飛散した吐瀉物、汗、尿に向かって、いつか「あの子」の中に出されるはずの白濁の体液が飛び散った。射出を終えてなお、俺の「もの」は「あの子」の中に導かれるのを待つかのように太く硬直した状態を維持していた。次第に意識がもうろうとなり、以後数日の記憶は脳に記録されることなく過ぎた。
はっと気が付いたとき、もしかして自分の身に何か異変が起こっているのではないかと疑う自分がいた。例えば自分の肉体が小学生同然になってしまい、時間もまた小学生時代にタイムスリップしてしまっているのではないかと。あるいはそれが中学生時代なのではないかと。しかし、自分の体に触れ、「もの」を上下に激しくピストンし、いつか「あの子」の中に出したのと同じ白濁のそれを目にして、自らの体には何も異変がないことが確認された。そして、携帯電話の時計を確認し、年月日が居眠り前と変わっていないこともわかり、タイムスリップも起きていないことが確認された。一安心し、携帯電話の通話アプリを開き、「あの子」にメッセージを送ろうとした。
「……あれ、「あの子」って、誰だっけ……?」
居眠り前までは容易に思い出せたはずの、俺が一番大切にしていた少女の名前が、俺がやり直し人生を終える直前、新たな命を授かった彼女の名前が、思い出せない。「あの子」は通話アプリを本名で登録していたため、トークリストを探せばすぐ思い出せるだろう。一番大切な相手の名前を度忘れするなんて、男として最低だな、と内心感じつつ、リストを繰った。
しかし、どれだけ探しても、「あの子」のものと思しきトークは見つからなかった。「あの子」と最後にトークをしたのは昨日だったので、そのトーク内容を手掛かりに履歴を一つ一つ見てみたが、まるで初めから存在しなかったかのように、あるいは俺自身が何らかのきっかけで意図的に消去したかのように、「あの子」との会話の履歴は消え去っていた。まさかと思って、電話の通話履歴をさかのぼってみると、「あの子」との通話の記録だけ履歴から消えていた。というよりも、もはや「初めから「あの子」との通話などなかった」かのようで、あまりに不気味が過ぎた。
「まさか……そんなわけ、ないよな……?」
俺は、名前すらも思い出せない「その子」の存在がどこにも感じられないことに、徐々に恐怖心が増大していった。ということは、もしかして、そういうことが、あるのか……?俺は、一言一句暗記している彼女の自宅の住所を地図アプリに入力した。以前何度か彼女の家に行くためにアプリで場所を検索したことがあったため、検索履歴にその住所が上がってきた。しかし、検索ボタンを押して出てきたのは、「あの子」の家までの経路ではなく、「その住所は存在しません」という事務的なメッセージだった。そのあまりにも虚無的で無機質なメッセージは、まるで「あの子」が虚無の彼方へ消えてしまったかのようで、べとついた冷たい汗が背中やわきの下に噴き出てきた。
仕方ないので、最後の手段として、以前行った時の記憶を頼りに「あの子」の家を探すことにした。彼女の家へ向かう途中、いくつか目印となる看板や標識があり、それは道を進む中で容易に思い出すことができた。そしてそれらの目印は最後の曲がり角を曲がるところまで記憶と相違なく存在していた。おかしいのはこの携帯電話なのだと、「あの子」の家に到着した瞬間に手元の端末を地面に強く叩きつけようなどと考え始めた。
しかし、最後の曲がり角を曲がってすぐ現れるはずだった、少なくとも自分の記憶ではそうであったはずの彼女の家は、一向に現れる気配を見せず、間もなく別の交差点に到達した。それは道中確かに見かけたもので、つまり原因はわからないながらも、来た道を戻ってきたことを意味していた。おかしい。経路的にこんなにも短時間に来た道に戻ってくるはずがない。不気味な感覚を覚えながら、改めて記憶を頼りに同じルートをたどった。しかし、いくら歩けど、一向に「あの子」の家が現れる気配はなく、俺を待っていたのは元来た道へと出る交差点であった。それを百数十回ほど繰り返しただろうか、ついに見覚えのある塀が見えてきた。あたりは完全に真っ暗になり、人や車の気配はなくなっていた。早く家に帰らなければ親に心配を……などといった感情は一切なく、俺は「あの子」に会うためだけにこの身のすべてを捧げ、命をかけていた。
「やっと……家にたどり着いた……」
おぼつかない足取りになりながらようやく「あの子」の家の前に到着する。ゆっくりと顔を上げる。そこにあったのは「あの子」のあたたかな家庭ではなく、かつてそこに存在していたであろう家族の温かみを忘れた更地と、「売土地」の無機質な看板であった。
俺はその瞬間、携帯電話ではなく、自分の体を地面に叩きつけるかのようにすとんと座り込んだ。いつか経験したかのように、体中からありとあらゆる体液が排出され、目の前に飛散した吐瀉物、汗、尿に向かって、いつか「あの子」の中に出されるはずの白濁の体液が飛び散った。射出を終えてなお、俺の「もの」は「あの子」の中に導かれるのを待つかのように太く硬直した状態を維持していた。次第に意識がもうろうとなり、以後数日の記憶は脳に記録されることなく過ぎた。
※この物語はフィクションです。