その日の夜、俺は再び夢の世界に来ていた。昨日の激しい戦いの跡はまだ少し残っていて、一部で細かいゴミが散乱していた。夢香の服と思われる、めちゃくちゃに破られた布切れもまだ散らかっていた。目の前には、上にセーターを着て、下にスカート、その下にタイツという、いつもの服を身に着けたゆるふわロングヘアーの美少女、竜野夢香がいた。ベッド横の椅子に座っていた彼女は、俺が目を覚ましたのを見計らってそっと微笑んだ。
「おかえりなさい、誠さん」
「た、ただいま。といっても、ここは俺の家じゃないけどな」
「そうかもしれません。でも、私にとって誠さんがここに来ることは、この場所に帰ってきてくれるようなものですので」
彼女の顔はところどころ赤くすり切れており、手には腕から伸びてきていると思われる包帯が巻かれていた。少し足をひきずるように歩いていたり、手の動きがぎこちない点だけでも、昨日の戦いの凄まじさが見て取れる。この前「優さんに殴られてめちゃくちゃにされたから誠さんを呼び出しませんでした」と涙ながらに訴えた気持ちもわかる。
とりあえず俺は今日の網干さんの行動の変化について夢香に報告し、俺が初めて網干さんに会う頃の彼女に戻ったように見えたことを伝えた。昨夜のあれが本当であれば、網干さんは「俺を好きになる気持ち」だけが取り除かれたため、いささか変な結末に感じたが、じっくりと考え直してみればそれらはすべて想定の範囲内なのであろう。
「そうだ、俺、夢香にお礼をしないといけないんだった」
「急になんですか? 私、誠さんにお礼を言われるようなことしていませんよ? むしろ、お礼を言いたいのは私のほうです」
「たしかに夢香にとっては当たり前のことかもしれない。でも俺にとっては本当にうれしいことだった。だから改めてお礼を言わせてほしい。この前、俺と優が取り返しのつかないことになりそうになったとき、夢香が世界を移動してくれただろう? 次の日にそれを実感して、あぁ、夢香には本当に頭が上がらない。ちゃんとお礼をしないと、って思ってた。でも、ここ数日いろんな出来事があって、なかなか言う機会がなかった。だから、今言わせてもらう。本当にありがとう」
「誠さんは本当に礼儀正しいんですね。私のほうこそ、誠さんにとっては当たり前のことかもしれませんが、一つ改めてお礼をさせてください。昨日、優さんに襲われそうになった時、体当たりで私を助けてくれましたよね? 誠さんにすごく苦しい思いをさせてしまった、という気持ちもありますが、そう言ったところで誠さんが聞かないのはわかってますし、それなら私は誠さんに精一杯のお礼をしたいと思いました。とてもうれしかったです。ありがとうございました」
「そっか。夢香の気持ち、ちゃんと受け取った」
俺と夢香はちょっと照れくさくなって、
「……えへへ~」
お互いに微笑み、むずむずした思いを打ち消した。
しばらく俺たちはニコニコしながら、何とも言えないほわほわした時間を過ごしていたが、ある時に夢香が「よしっ」とでも言いそうな感じで立ち上がり、ベッドサイドにしゃがみ込んだ。
「ねえ、誠さん。私たちの絆、確かめあってみます?」
「いきなりどうしたんだ?」
「私、実はまだ少し誠さんに対して疑いを持っています。私たちは、優さんの目の前で「ただ絆で結ばれただけの関係」であると宣言しました。しかし、どうにも腑に落ちないんですよね。誠さん、もしかしてちょっとぐらいは私に対して恋愛的な感情を抱いているんじゃないかな、って。もしかして、誠さんが私に対してこんなにやさしくしてくれるのも、ちょっと変な目線を送ったり、変な言葉をかけてくるのも全部、最初から優さんのことは好きじゃなくて私のことを」
それ以上は言わせなかった。俺は人差し指を夢香の唇にあてた。夢香は驚いた様子で俺の人差し指に注目し、それから俺を見つめた。
「そんなに言い訳いろいろ並べなくても、素直な気持ちを伝えてくれたらいいんだよ。それで俺が怒ったり、夢香に失望するとでも思ったか?」
「それは……ううっ。ごめんなさい。今のは全部言い訳です」
「夢香の素直な気持ち、また聞かせてほしい」
俺がそう言うと、彼女はゆっくりとベッドの上にあがり、俺の足にまたがった。うっとりした表情で話す。
「私……誠さんとキスしたいです。誠さんとの絆、もう一度確かめあいたいです」
「そっか。あ、なんならさ、この前は夢香からしてくれただろ? 今度はその……俺からしてもいいか?」
「……はいっ。それで、ギブアンドテイクですね」
夢香は、自分のお願いが叶ったことに可愛らしい微笑みを返し、俺のほうにもう少し近づいてきた。そのまま彼女が目をつむったかと思うと俺をゆっくり押し倒し、やっぱり先に夢香のほうから唇をくっつけてきた。
「ったく、俺のほうからって言ったのに」
内心そう思いつつも、やっぱり夢香との絆の確認はこの上なく幸せなもので、かけがえのないひとときだった。
「んんっ……誠さん……」
夢香はあの時と同じように、否、あの時以上に、その礼儀正しい性格からは想像もつかない声を漏らしながら、念入りに俺との絆を確かめていた。……激しい。こいつ、舌をもぐりこませてきてやがるぞ。どこでそんなことを覚えたんだよ。などと考えながら、それでも夢香が少しでも幸せになれるように、俺は彼女のあらゆる行為を受け入れた。
いつしか、夢香は涙を流し始めていた。キスをしながら、彼女は泣いていた。どうしてだろう。俺は、その涙の理由を探っていた。
「私……すごくいけない子ですよね。恋愛的な要素は一切ないのに、こんなことしちゃって。しかも、誠さんのほうからしてくれるっていうのに、我慢できなくて、私のほうからしてしまって……」
夢香が声を震わせながらつぶやいたその言葉が、涙の理由だった。そして、こんなときでさえ敬語を忘れない夢香をそばに感じるうち、どんなにめちゃくちゃにされても一心に誰かの幸せを願って世界の移動をする夢香のことが、あどけなさの残る、強くて弱い夢香のことが、この上なくいとおしくなって、「この存在を一生失いたくない。この関係を一生続けていきたい」、そう強く心に決めたのだった。俺は、
「恋愛的な要素がないのにキスしたらダメって、誰が決めた? 俺が先にするから夢香は先にするなって、誰が言った? 前にも言っただろう、俺は夢香と、家族のような関係になるって。それほどの絆なら、そんなのはどうでもいいことだよ」
と返し、今なお続く夢香の「絆の確かめ合い」を、いつまでも、どこまでも受け入れていた。それは、夜が明ける前まで続いた。
やがてそれは自然に終わりを迎え、夢香は完全に力尽きた様子で俺の上でぐったりしていた。しかし彼女の表情は幸せそのものだった。俺は夢香に手をそえながら、その余韻に浸っていた。そのうち夢香が口を開いた。
「誠さん、私との絆、どこまでも確かめてくれてありがとうございました。私、今が一番幸せです」
「俺もだ。夢香と出会えて本当によかった。こちらこそありがとう」
そのように交わしてから、やっぱりちょっと恥ずかしくて、お互いにはにかむ。
「そうだ。最高の絆で結ばれた誠さんに二つ、私から大事なことをお話ししたいと思います。急に堅苦しくなってすみません。でも、今ならきちんと話せるような気がして」
「あぁ、いいぞ。俺も、どんなことでも受け入れる」
「ありがとうございます。まず一つ目、実は私と誠さんは同い年なんです」
「そうだったのか? そういえば俺、夢香の正確な年齢を知らなかったな」
「私も誠さんを初めてこの世界にお連れするとき、あなたの年齢を知りませんでした。しかし、網干優さんと同い年だということを彼女から聞きまして。だったら私も誠さんと同い年になるな、というわけです」
「へぇ、そうだったのか。でもさ、だったらなんでわざわざ俺に対して敬語使うんだ? 同い年ってわかったことだし、もうちょっと親しく話しかけてくれてもいいんだぞ?」
「敬語は私の癖みたいなものです。家族以外の人に対しては、基本的には敬語を使っていました。もちろんこれからもそうするつもりです」
「まぁ俺も夢香が敬語を使わないところはなかなか想像できないし、今のままでいいか。で、二つ目は?」
「はい、それでは二つ目いきます。これは誠さんと初めてお会いした時、私が現実世界でどうしているかという質問に答えられなかったことと関係するのですが……」
「実は私、現実世界では、もう生きていないんです」
……えっ? えっ?
「おかえりなさい、誠さん」
「た、ただいま。といっても、ここは俺の家じゃないけどな」
「そうかもしれません。でも、私にとって誠さんがここに来ることは、この場所に帰ってきてくれるようなものですので」
彼女の顔はところどころ赤くすり切れており、手には腕から伸びてきていると思われる包帯が巻かれていた。少し足をひきずるように歩いていたり、手の動きがぎこちない点だけでも、昨日の戦いの凄まじさが見て取れる。この前「優さんに殴られてめちゃくちゃにされたから誠さんを呼び出しませんでした」と涙ながらに訴えた気持ちもわかる。
とりあえず俺は今日の網干さんの行動の変化について夢香に報告し、俺が初めて網干さんに会う頃の彼女に戻ったように見えたことを伝えた。昨夜のあれが本当であれば、網干さんは「俺を好きになる気持ち」だけが取り除かれたため、いささか変な結末に感じたが、じっくりと考え直してみればそれらはすべて想定の範囲内なのであろう。
「そうだ、俺、夢香にお礼をしないといけないんだった」
「急になんですか? 私、誠さんにお礼を言われるようなことしていませんよ? むしろ、お礼を言いたいのは私のほうです」
「たしかに夢香にとっては当たり前のことかもしれない。でも俺にとっては本当にうれしいことだった。だから改めてお礼を言わせてほしい。この前、俺と優が取り返しのつかないことになりそうになったとき、夢香が世界を移動してくれただろう? 次の日にそれを実感して、あぁ、夢香には本当に頭が上がらない。ちゃんとお礼をしないと、って思ってた。でも、ここ数日いろんな出来事があって、なかなか言う機会がなかった。だから、今言わせてもらう。本当にありがとう」
「誠さんは本当に礼儀正しいんですね。私のほうこそ、誠さんにとっては当たり前のことかもしれませんが、一つ改めてお礼をさせてください。昨日、優さんに襲われそうになった時、体当たりで私を助けてくれましたよね? 誠さんにすごく苦しい思いをさせてしまった、という気持ちもありますが、そう言ったところで誠さんが聞かないのはわかってますし、それなら私は誠さんに精一杯のお礼をしたいと思いました。とてもうれしかったです。ありがとうございました」
「そっか。夢香の気持ち、ちゃんと受け取った」
俺と夢香はちょっと照れくさくなって、
「……えへへ~」
お互いに微笑み、むずむずした思いを打ち消した。
しばらく俺たちはニコニコしながら、何とも言えないほわほわした時間を過ごしていたが、ある時に夢香が「よしっ」とでも言いそうな感じで立ち上がり、ベッドサイドにしゃがみ込んだ。
「ねえ、誠さん。私たちの絆、確かめあってみます?」
「いきなりどうしたんだ?」
「私、実はまだ少し誠さんに対して疑いを持っています。私たちは、優さんの目の前で「ただ絆で結ばれただけの関係」であると宣言しました。しかし、どうにも腑に落ちないんですよね。誠さん、もしかしてちょっとぐらいは私に対して恋愛的な感情を抱いているんじゃないかな、って。もしかして、誠さんが私に対してこんなにやさしくしてくれるのも、ちょっと変な目線を送ったり、変な言葉をかけてくるのも全部、最初から優さんのことは好きじゃなくて私のことを」
それ以上は言わせなかった。俺は人差し指を夢香の唇にあてた。夢香は驚いた様子で俺の人差し指に注目し、それから俺を見つめた。
「そんなに言い訳いろいろ並べなくても、素直な気持ちを伝えてくれたらいいんだよ。それで俺が怒ったり、夢香に失望するとでも思ったか?」
「それは……ううっ。ごめんなさい。今のは全部言い訳です」
「夢香の素直な気持ち、また聞かせてほしい」
俺がそう言うと、彼女はゆっくりとベッドの上にあがり、俺の足にまたがった。うっとりした表情で話す。
「私……誠さんとキスしたいです。誠さんとの絆、もう一度確かめあいたいです」
「そっか。あ、なんならさ、この前は夢香からしてくれただろ? 今度はその……俺からしてもいいか?」
「……はいっ。それで、ギブアンドテイクですね」
夢香は、自分のお願いが叶ったことに可愛らしい微笑みを返し、俺のほうにもう少し近づいてきた。そのまま彼女が目をつむったかと思うと俺をゆっくり押し倒し、やっぱり先に夢香のほうから唇をくっつけてきた。
「ったく、俺のほうからって言ったのに」
内心そう思いつつも、やっぱり夢香との絆の確認はこの上なく幸せなもので、かけがえのないひとときだった。
「んんっ……誠さん……」
夢香はあの時と同じように、否、あの時以上に、その礼儀正しい性格からは想像もつかない声を漏らしながら、念入りに俺との絆を確かめていた。……激しい。こいつ、舌をもぐりこませてきてやがるぞ。どこでそんなことを覚えたんだよ。などと考えながら、それでも夢香が少しでも幸せになれるように、俺は彼女のあらゆる行為を受け入れた。
いつしか、夢香は涙を流し始めていた。キスをしながら、彼女は泣いていた。どうしてだろう。俺は、その涙の理由を探っていた。
「私……すごくいけない子ですよね。恋愛的な要素は一切ないのに、こんなことしちゃって。しかも、誠さんのほうからしてくれるっていうのに、我慢できなくて、私のほうからしてしまって……」
夢香が声を震わせながらつぶやいたその言葉が、涙の理由だった。そして、こんなときでさえ敬語を忘れない夢香をそばに感じるうち、どんなにめちゃくちゃにされても一心に誰かの幸せを願って世界の移動をする夢香のことが、あどけなさの残る、強くて弱い夢香のことが、この上なくいとおしくなって、「この存在を一生失いたくない。この関係を一生続けていきたい」、そう強く心に決めたのだった。俺は、
「恋愛的な要素がないのにキスしたらダメって、誰が決めた? 俺が先にするから夢香は先にするなって、誰が言った? 前にも言っただろう、俺は夢香と、家族のような関係になるって。それほどの絆なら、そんなのはどうでもいいことだよ」
と返し、今なお続く夢香の「絆の確かめ合い」を、いつまでも、どこまでも受け入れていた。それは、夜が明ける前まで続いた。
やがてそれは自然に終わりを迎え、夢香は完全に力尽きた様子で俺の上でぐったりしていた。しかし彼女の表情は幸せそのものだった。俺は夢香に手をそえながら、その余韻に浸っていた。そのうち夢香が口を開いた。
「誠さん、私との絆、どこまでも確かめてくれてありがとうございました。私、今が一番幸せです」
「俺もだ。夢香と出会えて本当によかった。こちらこそありがとう」
そのように交わしてから、やっぱりちょっと恥ずかしくて、お互いにはにかむ。
「そうだ。最高の絆で結ばれた誠さんに二つ、私から大事なことをお話ししたいと思います。急に堅苦しくなってすみません。でも、今ならきちんと話せるような気がして」
「あぁ、いいぞ。俺も、どんなことでも受け入れる」
「ありがとうございます。まず一つ目、実は私と誠さんは同い年なんです」
「そうだったのか? そういえば俺、夢香の正確な年齢を知らなかったな」
「私も誠さんを初めてこの世界にお連れするとき、あなたの年齢を知りませんでした。しかし、網干優さんと同い年だということを彼女から聞きまして。だったら私も誠さんと同い年になるな、というわけです」
「へぇ、そうだったのか。でもさ、だったらなんでわざわざ俺に対して敬語使うんだ? 同い年ってわかったことだし、もうちょっと親しく話しかけてくれてもいいんだぞ?」
「敬語は私の癖みたいなものです。家族以外の人に対しては、基本的には敬語を使っていました。もちろんこれからもそうするつもりです」
「まぁ俺も夢香が敬語を使わないところはなかなか想像できないし、今のままでいいか。で、二つ目は?」
「はい、それでは二つ目いきます。これは誠さんと初めてお会いした時、私が現実世界でどうしているかという質問に答えられなかったことと関係するのですが……」
「実は私、現実世界では、もう生きていないんです」
……えっ? えっ?