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【自作小説】ワールド・インターチェンジ「第15話 君を好きになった本当の理由」

「悪いけど、俺のことを恋愛的な意味で好きになったのなら、今すぐ絶交してくれ」
「……は?」
優は俺の一言で動きを止め、悲しそうな表情半分、「こいつは何を言っているんだ」とでも言いたげな半笑いの表情半分で俺を見ていた。睨むとか、見つめるとかではなく、ただ単に見ていただけだった。
「ひどいことを言うようだけど、俺は優を助けて、君に少しでも楽しい学校生活を送ってほしいと思ってこれまで関わってきたのであって、恋人云々はあくまでそれに付随するだけのものだった」
「……私のことなんて、最初から好きじゃなかったの? 今までのあれは全部演技だったの?」
「そんなことはない。俺は優のことが好きだった。毎日会えるかどうかもわからない夢香と違って、毎日確実に、しかも必ず二人きりで出会えることが、何よりもうれしかった。優との喫茶店での時間は優にとって安息の時間だったかもしれないけど、俺にとってもかけがえのないものだった。正直、すごく幸せだった。でも、それもこれも全部、気の合う俺たちがお互いを助け合うという目的があるからこそのもので、俺たちが幸せな時間を過ごすことそのものが目的になってしまったら、何のために優に近づいたのか、わからない」
「その言い方だと、少しは演技していた気持ちがあるように受け取ることもできるよ? どうなの?」
「たしかに。ちょっと言い方が悪かった。でも優、君はちょっと「恋愛」とか、「人を好きになること」にこだわり過ぎなんじゃないか? 恋愛の価値観は人それぞれだから俺が決めつけられるものではないけど、少なくとも俺が優に対して抱いていた「好き」という気持ちは、「優に楽しい学校生活を送ってほしくて、少しでも中学のときの埋め合わせができれば」という土台のもとにあった。もちろん恋愛的な意味もある。でも、恋愛だけが目的になったら土台が崩れてしまう。土台が崩れれば「好き」という気持ちもおかしくなってしまう。そして、今がまさにその状態なんだよ」
「でも、私が誠くんのことを好きじゃなくなって、誠くんが私のことを好きじゃなくなったら、私の人生が元に戻ってしまう。もしそうなるのなら、私、誠くんの目の前で自殺しちゃおうかな」
「待て。俺は君を助けるのをやめると言っているわけじゃないんだ。俺が優を助けて、優が俺に助けられる関係、それって別に恋愛関係じゃなくてもできることじゃないか? 俺たちが初めて出会った頃を思い出してみて。あの頃の俺たち、まさか数日後に思いを伝えあうなんて思ってなかっただろう?」
「それはそうかもしれないけれど……まあいいよ。私もちょっと考えを改める必要があるかもしれないね。……でも!」
少しずつ柔らかく、俺が知っている優の表情に戻ってきたと思ったのもつかの間、すぐに元の鬼の形相に戻ってしまった。正直に言ってしまうと、彼女はかなりしぶとい。
「なんで竜野夢香のことをかばったの? なんで私の手をつかんで止めようとせずにこいつの前に入って私の攻撃を受けたの? 誠くんは私じゃなくて、竜野夢香の味方なの? というか、あの時二人はキスしていたよね? なんで?」
「その質問には私が答えます」
夢香が立ち上がり、優の前に向き合った。俺も少し場所を移動し、二人の横に立った。
「私は誠さんのことを、恋愛的な意味で好きになったことなど一度もありません」
「フッ、嘘だね」
優は嘲笑うようにきっぱりと答えた。
「あんなことをして、誠のことを好きじゃない? ふふっ、笑わせるんじゃないよ。なんなら本人に聞いてみようか。ねえ誠くん、竜野夢香はこんなこと言ってるよ? 夢香ちゃんのこと好きだったのに、ショックだね? 振られたね?」
「……俺は知ってるよ、夢香が俺のことを一ミリたりとも好きじゃないことぐらい」
「……あ、あぁ。夢香ちゃんに振られて怒ってるのね? 確かにひどいことの一つや二つ、言いたくもなるね」
「俺も夢香のこと、恋愛的な意味で好きになったことなんて、一瞬たりともないから」
「……だってさ、竜野夢香。あんたらなんなの?」
「知ってますよ、誠さんが私のことを好きじゃないことは。私たち、優さんが思っているような恋愛関係なんかじゃありません」
「じゃあ何なの? あんたたち、恋愛関係でもないのにキスしたの? アホなの?」
「そうですね。一般人から見れば私たちの関係はアホかもしれません。誠さんにとって私は命の恩人であり、私にとって誠さんは、ここでの時間に華を咲かせてくれた人なんです。私たちは、いわばキブアンドテイクの関係なのです。私たちの関係は世間一般に言う「男女の恋仲」なんかではなく、ただの「絆」で結ばれただけの関係です。でも、「絆」には「恋」や「愛」なんかよりも強い結びつきがあります。それをより強固なものにすることができれば、何物にも代えることのできない関係にしていくことができます。「絆」で結ばれた関係である以上、「好き」という感情はただの飾りでしかありませんし、普通ならためらってしまうような恋愛的行為もただのふれあいでしかありません」
「俺はいつも夢香のことを下心全開の目で見つめているんだけど、それは夢香のことが好きとかいう理由じゃない。最初はアニメに出てくるような見た目だったし、そもそもこの世界に疑いを持ってたから、どんな目をしても何もないだろうってことでブヒブヒしてたけど、ある時に夢香からこの場所での日々について聞いて、それからは夢香をもてあそんで、今までこの場所でしなかったような行動をさせて、それに楽しさを見いだしてほしいと思ってた」
優は、嫌々というようにも見えたが、俺たちの話に耳を傾けてくれていた。
「この前、夢香が熱を出して倒れたんだ。その時、もし俺がこの場所を利用するだけの奴だったら、たぶん看病しようとか思わなかっただろうな。俺のことを現実世界で見つけてくれて、俺に少しでも楽しい人生を送ってほしくて俺を助けてくれた、そのことに感謝して、少しでも何かお返ししないといけないって思った。夢香って俺の家族にそっくりなんだよな。必要なところで最小限の助け舟を出す。でも必要以上のことはしない、ってところなんだよな。実はさ、最初はちょっと迷ってたんだよ。夢香のことを好きになるかならないかって。でも、それに気付いたあたりから俺は決めたんだ。夢香のことは絶対に好きにならないと。そのかわり、俺の家族のような絆を築き上げようって」
ふと優のほうを見ると、顔が完全に見えなくなるようにうつむいていた。また何か反論の言葉を考えているのだろうかとも思った。優がうつむいたまま口を開いた。
「はぁ……私の、負けだね。私、現実世界で誠くんと接する中で、「絆」だなんてこれっぽっちも考えなかった。誠くんと竜野夢香の関係は、とっくに私と誠くんとの関係の何十倍も強いものだったんだね。私、完全に誠くんの性格に依存していた。誠くんなら大丈夫だろうって。この人なら私のことを裏切ったりしないだろうって。姫路誠なら私のことを助けてくれて、きっと幸せな人生にしてくれるだろうって。でも、だめだった。誠くんとの時間を一緒に過ごすうちに、誠くんのことがだんだん好きになってきちゃって、私にも抑えられなくなってきて、誠くんなら大丈夫、ってのを言い訳にしていろんな人にひどいことをしてしまった。とうとう誠くんのことまで傷つけちゃって。私って……何もわかってなかったね。人を好きになるのはどういうことかっていうことも。絆ってどういうことかということも。全部私の、自業自得だね」
もう一度優を見る。彼女は下を向いたままだったが、目から感情のしずくがこぼれ落ちていた。それは俺が抱きしめた時に流したものでも、その後に取り返しのつかないことに発展しようとした時に流したものでもないようであった。その涙には、優がそれまで溜め込んでいた不純な感情が溶け込んでいるように見えた。優が顔を起こし、涙ながらに俺たちを見つめた。それは明らかに「見つめる」という目線だった。ついこの前、俺を「睨んで」きたあの優と同じだとは信じがたい。
「私、お母さんのこと、少しずつだけど考え直してみようと思う。私はまだ思ってるよ、お母さんはまだどこかで生きているって。でも、もしそうじゃないことがあるとしても、ちゃんと現実に向き合うことにする。それが……家族としての「絆」、なんだよね。それと、もし一つだけお願いが叶うとするなら、現実世界ではこれからも誠と一緒に喫茶店に通いたい。もちろん、恋愛的な意味とかじゃなくて、ただ単にそれを習慣にしたいというか。それは、だめかな?」
 夢香はほっとした表情を見せつつ、淡々と話し始めた。
「あなたが今までにこの夢の世界で犯した罪はいくつかあります。それらを償うというのなら、お二人で喫茶店に通うぐらいは気にしません」
「わたしは償うよ。悪いのは私だから。そのうえこんな図々しいお願いまでしているのだから。何をしたらいいか、教えて?」
「誠さんのことを好きだと思う気持ちを、ワールド・インターチェンジの規則にのっとって完全に奪います。あなたはこれから一生、誠さんのことを好きになることはありません。誰かを好きだと思う気持ちを完全に奪い去ることもできますが、そこまではしません。しかしあなたはこれから誠さんのことは恋愛的な意味で気になることすらなくなります。それでもいいですか?」
「……うん」
 そして俺はベッドに戻って横になり、優は夢香によって所定の手続きをされ、俺のことを好きだと思う感情を完全に奪い去ったうえで、そのことが反映された世界へと移動しようとしていた。俺に関しては、優のことを好きになる感情を奪われるわけではなく、元の世界に戻るだけなので、いつも通りベッドに横になった形だ。

翌朝、俺はいつもと同じ時間に起床し、いつもと同じだけ寝ていたはずなのに、ひどく疲れていた。それが感覚的なものではないということは、横腹のわずかな痛みで確信することができた。布団から出て、驚愕する。俺は、パジャマの上を着ていなかった。あわてて周りを確認すると、それはベッドの近くに投げられていた。改めて腹部を見る。そこには、昨夜俺が見たのと同じミミズ腫れと内出血が残っていた。あぁ、傷を確認すると余計に痛くなってきた。俺はわずかの領域を越えつつある痛みに耐えながら着替えをすませた。
その日、俺は特に理由もなくいつもの喫茶店に行くことにした。理由がなくても、彼女はいると確信できたからだ。それにしても、昨夜あれほどの大きな出来事があったとはいえ、今の時間はあくまで昨日の今日だ。なのに、二十四時間分ぐらいとてつもない時間を過ごした気がして、なんとも不思議な感覚だった。危うく通り過ぎそうになったその喫茶店も、つい昨日も立ち寄った喫茶店のはずなのに、ずいぶん雰囲気が違って見えた。見覚えはあるものの初めて開けるかのような感覚すら漂うそのドアを、カランコロンと押す……
「あ、姫路くん。今日も来てくれてありがとう」
もう、「誠」ではなかった。どうやら昨日の出来事は嘘ではなかったようだ。優は、もう俺のことを何とも思っていなかった。何とも、は違うかもしれない。優は俺のことを他の男女と同じ、いちクラスメイトとして見ていた。だから俺は、もう。
「久しぶり、網干さん」
網干さんのことを、それまでと同じ「普通のクラスメイト」として見ることにした。
 今までと同じはずなのに、今までと違って見える彼女に少し困惑しつつも、網干さんが変わらずこの場所に来てくれたことがとてもうれしかった。
「いつものコーヒーをお願いします」
「は~い、ちょっと待っててねー」
 俺はコーヒーを注文してから、彼女の隣に座った。喫茶店という、ほぼ確実に二人きりになれる空間であっても、網干さんは俺のことを名字で呼ぶようになっていた。彼女は、俺に初めて話しかけてきた頃と同じ笑顔を見せていた。しかもそれは作り物の笑顔ではなかった。「夢香は優から本当に俺を好きになる気持ちを奪った上で世界を移動させたのか」という思いに包まれると同時に、どこか物悲しい気持ちにもなった。
「まずはその、昨日おとといと姫路くんやオーナー、いろいろな人にすごく迷惑をかけちゃってたみたいで、本当に申し訳なく思ってる。ごめんなさい」
網干さんは俺に向き合い、静かに頭を下げて謝罪した。
「俺は全然気にしていない。夢の世界でのすべてが丸く収まったから。それより、網干さんって、前は俺のことを下の名前で呼んでいたような気がするんだけど。気のせい、だろうか」
「あぁ~、そう言われてみればそうかもしれない。私も今朝起きて、そういえば姫路くんのことを名字で呼んでいたか下の名前で呼んでいたか、わからなくなっちゃって。もし今まで名字で呼んでいたのに急に下の名前に変わったら馴れ馴れしいかなって思って」
「そうか。実はさ、昨日の夢が明けるまで、俺たちは下の名前で呼びあってたんだ」
「……あぁ、やっぱりあの夢は本当だったんだ。私ね、竜野夢香って人だったかな、その人に私の中にある何かの感情を奪われた気がするんだ。私、たぶんその感情のせいで今までいろんな人に迷惑をかけてたんだと思う。その感情がなくなったからかな、昨日までよりずいぶん楽な気持ちになって、学校でもすごく過ごしやすかった。でも、同時に大事な何かを失ったような気がして……姫路くん、あなたもあの夢の中にいたよね? 何か心当たりがあったりする?」
俺は網干さんの言葉に、しばし唖然としていた。彼女の視線は素直そのものだった。ということは、冗談抜きで網干さんは俺に対する「好き」を忘れてしまったんだと思う。君は俺のことを好きだったんだ。でも、夢香によってその感情を奪われた。なんて言えるわけがない。だから俺は、
「俺にもよくわからない。残念ながら心当たりはない。でも、きっとそのうち思い出すさ」
そう言って、
「え~、それってどういうこと~?」
という彼女の明るく、しかし真剣な返しに、
「はははっ、それは俺以外の、俺によく似た性格の人に出会った時にわかるさ。俺には語彙力が少なくてうまく伝えられないのさ」
と、網干さんを納得させられるだけの言葉をかけた。

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