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【自作小説】World Resetter「第7話 崩壊する世界、破壊される心」

 劣化コピー、という言葉がある。いわゆる「パクリ」の、一番醜い例である。俺がこれまでに経験してきた人生のやり直しは、はじめは単なるコピーの世界だと思っていた。しかし、ここ最近数回のやり直し世界を見ていて、というか、かつてやり直しを始めたころの思い出せる限りを記憶を引き寄せると、それはコピーではなく、劣化コピーの世界であることに気付いた。
 この世界は少しずつ、しかし確実に、崩壊に向かっていた。そんなことを考えながら、テレビで連日報じられている猟奇的な連続殺人事件のニュースと、秩序と倫理を失ったヒトクローン技術のトピックに耳を傾けていた。
 ふと、テレビから流れてきたあるワードに、はじめ自分の耳を疑わずにはいられなかった。
「昨夜、深層心理取り扱いシステムに脆弱性が発見され、これが悪用された場合、個人の過去の記憶が消去される可能性があります。不要不急の外出は控え、やむを得ず外出する際は必ず対深層心理マルウェア対策ソフトが組み込まれたカプセルを服用してください」
 あとで調べてみると、いきなりこの世界に来た俺にはにわかに信じがたい話だが、なんでも数年前にDNAのデータや脳の記憶などをデジタルデータとして簡単に取り扱うことができるようになったらしい。さらに、頭の中で今考えていることをリアルタイムに取り出すことができたり、かつて「深層心理」と呼ばれた、心の奥深くの本当の気持ちまでも可視化することができるようになり、それによってこの世界は大きく変化したという。マスメディアなどでは一般へのわかりやすさの観点から「深層心理」という言葉を用いていたが、要するに本音がダダ漏れの状態と変わりなく、もはや"深層"心理の体をなしていなかった。それまで接待であるとか上辺だけの付き合いだったような関係は、本音がすべてさらされることで関係が崩壊・変化し、人々は次第に閉塞的になったという。今では義務教育でさえ、クラスメイトとの不要なトラブルを避けるため自宅からの遠隔授業で受けることが当たり前になっているそうだ。生活必需品はすべて無人宅配車が道路を走り回って各家庭に配送するようになり、街から人間の乗った乗用車はほとんど姿を消したらしい。挙句、家族同士でさえ、絶対言えない秘密などを作ることもできなくなったがために、家族全員がそれぞれの自室にこもり、何か月も顔を合わせないということも珍しくないという。
 そして当然、そういった人間のデータを不正に入手し、金銭のやりとりを行おうとする個人・団体も出現した。ほとんどが研究目的で被験者の同意を得てデータを提供してもらい、いくらかの報酬を得るものであったが、中には街中を歩く人に対してデータ読み取り装置を強引に取り付けてデータを吸い出し、報酬を与えずに去っていく悪意ある集団も現れた。そういったものから防護するために開発されたのが「対深層心理マルウェア対策ソフト」が組み込まれたカプセルであった。あらかじめ自分の任意の設定を行ったカプセルを服用することで、データを提供できる範囲を設定し、それ以外の者からデータを吸い出されそうになった場合でも自身の体に影響はなく、吸い出されたデータ自体も暗号化されて読み取ることができないようにすることができる。この対策ソフトには2種類あり、一つは政府が発行し、全国民の服用が義務付けられている最低限の対策で、自らの同意なくデータを吸い出されても身体に影響がないようにし、いかなる場合においても外部から自らのデータの書き換えを許可しないものである。もう一つが各セキュリティベンダーが発売しているソフトで、より高度なセキュリティ対策を得ることができる。いわば強制保険と任意保険の関係である。
 しかし、俺がこのような事実をいきなりすべて知る由もなく、これまで述べてきた内容を目の当たりにし、そして受け入れることができたのはこのやり直しを始めてからだいぶ先の話であった。俺は、そういった事実を知るより先に、このシステムによる被害を受けることになってしまった。

 その世界は、街も家も廃墟と化していた。そして、廃墟となった住宅地を無人の重機が整地し、新たな住宅地が建設されようとしている現場もあった。しかし、それは我々の従来の感覚で言う「住宅」とは程遠く、きわめて無機質な立方体の箱が横に、縦に、積み重ねられているだけの、気味が悪いほどに規則的なものであった。この時の俺はただ気味悪く感じるだけであったが、この世界の仕組みを知って以降は、それらがすべて無人宅配車や自動運転車の移動を最優先に考えた、合理性ありきの建築であることが納得できる。
 あるショッピングモールに足を運ぶ。ここはかつて街を代表する大きなモールであり、文化の発信拠点と言っても過言ではなかったが、それも今は昔。何か月も手入れが施されていないと思われる、寂れた外観のショッピングモールに人の気配は感じられず、巨大な無機物が音もたてずにひっそりと崩壊の時を待つかのようにたたずむその姿は、まさに「廃墟」そのものだった。
 その時、後ろから数人のグループが近づいてくる音がした。振り返る間もなく、俺はそのグループに取り押さえられ、頭の上から布のようなものをかぶせられた。それは頭頂部が固く、重たかった。黒く遮光性の高い布に視界を奪われた俺は、その布を取り去ろうとしばらくもがいた。しかし、次第に頭がふわふわと宙に浮くような感覚に見舞われ、そのまま体ごと浮き上がってしまうのかと思った。体の奥底から、何かを吸い出されていくような感覚がして、自分はそのまま皮だけになってしまうのではないか、などと想像した。しかし、ふと幼少期の記憶が全く思い出せないことに気づき、この電極が俺にとって重大な影響を与えるかもしれないことを、ここで察した。
「おい!そこで何をやっているんだ!死ね!!」
 視界を完全に覆い隠されていたため、そこで何が行われていたのか、詳細を知ることはできなかったが、その音を聞くだけですべてを悟った。パンッ。耳を突き刺すような発砲音が聞こえる。パリンッ、カランコロンッ。どうやらいま叫んだ奴は拳銃で弾を打ったものの、目標とするものには当たらなかったようだ。奴が目標とするものは誰?俺なのか?それとも……
 パンッ、パンッ。再び発砲音が聞こえ、短く2発が打たれた。グチョッ。俺の至近で、まるで弾丸が肉に食い込んだかのような音が聞こえる。そして、次第に俺を拘束していた腕がするするとほどけ、頭部を覆っていた布が外れると同時に、ドスンッ、と鈍い音が2回聞こえた。ようやっと開けた視界に飛び込んできたのは、若い男2人が血だらけになって横たわっている様子だった。俺は、目の前のこいつらが俺に危害を加えようとしていたことに対する怒り、その男らがたったいま射殺され、再び人間が死ぬ瞬間に立ち会ってしまったことに対する怖れ、そして、今はもう立ち去って姿のない警察官と思われる人が、いとも軽々しく「死ね!」と絶叫したり、やむを得ない時にしか使われないはずだった拳銃を真っ先に用いたことに対する、この世界の変化に、まるで自分の体も崩壊してしまうかのように思えて、しばらく何も考えることができなかった。

 そんな出来事があって以降、俺に人生やり直しの機会が訪れることは、二度となかった。

※この物語はフィクションです。

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