気が付くと、俺は今まで経験したことのないような激しい雷雨の中にいた。「バケツをひっくり返した」という表現がふさわしくて有り余るほどの猛烈な雨、おそらく昼間であるはずなのにまるで深夜のような暗さの空を瞬間明るくし、そのまま空を焼き尽くすかのような稲妻、空気を引き裂き、鼓膜を本気で破りに来るかのような激しい雷鳴、それは悔しいことに、今の俺の心境をそのまま示しているかのようでもあった。雷雨そのものよりも、雷雨が自分の心の中をあまりにも精緻に再現していることに怖れ、震え、そして怒りが沸き起こった。
ドンッ、と大きな音が、俺が雷雨から逃げ込んできた小さな建物を揺らす。びゅうびゅうと大きな音を立て始めたそれは、スーパー台風や竜巻でも起こり得ないような暴風で、間もなくこの建物も破壊されようとしていた。目の前を少女が横切る。
いかなる表現を用いても表現しえないほどの大きな雷が、この建物を直撃した。あまりに大きな音と激しい閃光で、俺はしばらく視覚と聴覚を失った。そして、たった今の落雷によりこの建物は破壊され、頭上から冷たい滴が降り注ぎ始めた。
どれほどの時間が経ったのかはわからない。ほんの数秒かもしれないし、数十年もの間、立ち尽くしていたかもしれない。気が付くと、俺は視覚と聴覚を取り戻していた。雨はまだ降り続いていたが、雷に打たれる直前のころに比べればいくぶん収まっており、雷自体もすでに止んでいた。もう夜になってしまったのか、あるいはあまりにも分厚い雲で太陽光が完全に遮られているのか、先ほどよりもあたりは暗くなっており、足元を確認するのも困難であった。徐々に暗さに目が慣れ、周りの状況が把握できるようになったとき、目の前に横たわるそれに瞬間すべての意識を奪われる。それは比喩的なものでも誇張表現でもなく、あまりの驚きと怖れで足に力が入らなくなり、そのまますとんと座り込み、まるで背骨を抜き取られたかのように、まっすぐ座ることすらできなくなった。目の前のその状況を瞬時に理解することができず、この世界に自分の体が順応できなくなり、俺は嘔吐し、失禁した。冷汗が体中から噴き出す。なんの感情も伴わない涙が出る。口を閉じることができなくなったのだろうか、唾液が顎を伝って流れ落ちる。生存本能が何を思ったか、突然の射精をもたらす。体中からありとあらゆる体液が排出され、そのまま自分の魂も外へ流れ出てしまうかと思われたころ、ようやく意識だけが本来あるべき位置に戻ってきた。腰と足にいくらか力を入れることができるようになった。俺の「もの」は固く直立した状態を維持していた。そして俺は、再び涙を流し始めた。今度は、明らかに悲しみの感情を伴った、中身のある涙だった。しかし、その悲しみがどこから来ているのかはわからない。目の前に横たわる、落雷を受ける直前に俺の目の前を横切った少女の遺体を見ながら、悲しみの出処を探していた。彼女の腹部には刃物が刺さっており、落雷ではなく、何者かに刺されたことによって、命を落としていた。あるいはまだ生きているかもしれないが、少なくとも目の前の少女からは「生」を感じ取ることができなかった。俺は、その少女の顔を見た。見ようとした。しかし、なぜか、顔の部分にモザイクでもかかっているかのように、俺はその表情をうかがうことはできなかった。彼女の顔を覆い隠すようなものは何もない。にもかかわらず、今の俺には、まるで特殊な映像処理でも施したかのように、彼女の顔だけ、見ることができなかった。でもなぜだろう、目の前の少女が誰なのかわからないはずなのに、彼女が自分にとってとても大切な人であることだけは、本能的に察知した。俺は、おそらく自分にとって大切な誰かを、その正体がわからないながらも守ることができなかったことに強い憤りを覚えた。そして、明確な記憶はないのに、なぜかこの出来事 ―正体はわからないがおそらく自分にとって大切な相手を失ったこと― は初めてではない気がした。俺はまたしても彼女を目の前で失った。彼女の体から「生」が奪い取られる瞬間に、俺は再び立ち会ってしまった。あふれ出る涙に、もはや感情など含まれていなかった。
ある日、俺はなぜか学校のクラスメイト数人とレストランで食事をしていた。なぜか俺以外全員女子で、彼女たちとの接点も特にないはずなのに、その状況に対して違和感は全くなかった。そして、なぜか瑠香は同席していなかった。瑠香がこのことを知ってしまったら……ただそれだけが、俺の心配事だった。理由や経緯はどうであれ、今のこの状況は俺が瑠香以外の女子に浮気していると取られかねない。きっと瑠香は俺のことを理解し、これが浮気ではないとわかってくれるとは思うが、そういう問題ではない。俺の男心が、それを許さなかった。
今、目の前の女子はスカート丈に関する談義を繰り広げていた。校則のスカート丈が云々、とか、中学生がミニスカートでプライベートを過ごして云々、とか、そういった内容の、まあ男の俺にはおよそ関係のない雑談であった。
「安藤くんってさ~、スカート丈長い女の子のほうが好き?それとも短いほうが好き?」
うぇ!?ここで俺に振るのかよ!まさかスカート丈の話で突然話を振られるとは思っていなかったので、内心変な声が出てしまった。今までの話はほとんど聞いていなかったので、とりあえず自分の意見を言ってやり過ごすとしよう。
「俺はロングスカートの女子が好きかな。昔なじみの女子がさ、すごくロングスカートの似合うやつでさ~……あれ、昔馴染み……?俺にそういう女子っていたっけ……?俺、誰のことを指して言ったんだろう……」
そいつは、誰?そんな言葉がひたすら脳内に反響し、次第に意識が遠のき、視界が白くなっていく。昔馴染みの、ロングスカートがよく似合う女子って、誰なんだ……?
ドンッ、と大きな音が、俺が雷雨から逃げ込んできた小さな建物を揺らす。びゅうびゅうと大きな音を立て始めたそれは、スーパー台風や竜巻でも起こり得ないような暴風で、間もなくこの建物も破壊されようとしていた。目の前を少女が横切る。
いかなる表現を用いても表現しえないほどの大きな雷が、この建物を直撃した。あまりに大きな音と激しい閃光で、俺はしばらく視覚と聴覚を失った。そして、たった今の落雷によりこの建物は破壊され、頭上から冷たい滴が降り注ぎ始めた。
どれほどの時間が経ったのかはわからない。ほんの数秒かもしれないし、数十年もの間、立ち尽くしていたかもしれない。気が付くと、俺は視覚と聴覚を取り戻していた。雨はまだ降り続いていたが、雷に打たれる直前のころに比べればいくぶん収まっており、雷自体もすでに止んでいた。もう夜になってしまったのか、あるいはあまりにも分厚い雲で太陽光が完全に遮られているのか、先ほどよりもあたりは暗くなっており、足元を確認するのも困難であった。徐々に暗さに目が慣れ、周りの状況が把握できるようになったとき、目の前に横たわるそれに瞬間すべての意識を奪われる。それは比喩的なものでも誇張表現でもなく、あまりの驚きと怖れで足に力が入らなくなり、そのまますとんと座り込み、まるで背骨を抜き取られたかのように、まっすぐ座ることすらできなくなった。目の前のその状況を瞬時に理解することができず、この世界に自分の体が順応できなくなり、俺は嘔吐し、失禁した。冷汗が体中から噴き出す。なんの感情も伴わない涙が出る。口を閉じることができなくなったのだろうか、唾液が顎を伝って流れ落ちる。生存本能が何を思ったか、突然の射精をもたらす。体中からありとあらゆる体液が排出され、そのまま自分の魂も外へ流れ出てしまうかと思われたころ、ようやく意識だけが本来あるべき位置に戻ってきた。腰と足にいくらか力を入れることができるようになった。俺の「もの」は固く直立した状態を維持していた。そして俺は、再び涙を流し始めた。今度は、明らかに悲しみの感情を伴った、中身のある涙だった。しかし、その悲しみがどこから来ているのかはわからない。目の前に横たわる、落雷を受ける直前に俺の目の前を横切った少女の遺体を見ながら、悲しみの出処を探していた。彼女の腹部には刃物が刺さっており、落雷ではなく、何者かに刺されたことによって、命を落としていた。あるいはまだ生きているかもしれないが、少なくとも目の前の少女からは「生」を感じ取ることができなかった。俺は、その少女の顔を見た。見ようとした。しかし、なぜか、顔の部分にモザイクでもかかっているかのように、俺はその表情をうかがうことはできなかった。彼女の顔を覆い隠すようなものは何もない。にもかかわらず、今の俺には、まるで特殊な映像処理でも施したかのように、彼女の顔だけ、見ることができなかった。でもなぜだろう、目の前の少女が誰なのかわからないはずなのに、彼女が自分にとってとても大切な人であることだけは、本能的に察知した。俺は、おそらく自分にとって大切な誰かを、その正体がわからないながらも守ることができなかったことに強い憤りを覚えた。そして、明確な記憶はないのに、なぜかこの出来事 ―正体はわからないがおそらく自分にとって大切な相手を失ったこと― は初めてではない気がした。俺はまたしても彼女を目の前で失った。彼女の体から「生」が奪い取られる瞬間に、俺は再び立ち会ってしまった。あふれ出る涙に、もはや感情など含まれていなかった。
ある日、俺はなぜか学校のクラスメイト数人とレストランで食事をしていた。なぜか俺以外全員女子で、彼女たちとの接点も特にないはずなのに、その状況に対して違和感は全くなかった。そして、なぜか瑠香は同席していなかった。瑠香がこのことを知ってしまったら……ただそれだけが、俺の心配事だった。理由や経緯はどうであれ、今のこの状況は俺が瑠香以外の女子に浮気していると取られかねない。きっと瑠香は俺のことを理解し、これが浮気ではないとわかってくれるとは思うが、そういう問題ではない。俺の男心が、それを許さなかった。
今、目の前の女子はスカート丈に関する談義を繰り広げていた。校則のスカート丈が云々、とか、中学生がミニスカートでプライベートを過ごして云々、とか、そういった内容の、まあ男の俺にはおよそ関係のない雑談であった。
「安藤くんってさ~、スカート丈長い女の子のほうが好き?それとも短いほうが好き?」
うぇ!?ここで俺に振るのかよ!まさかスカート丈の話で突然話を振られるとは思っていなかったので、内心変な声が出てしまった。今までの話はほとんど聞いていなかったので、とりあえず自分の意見を言ってやり過ごすとしよう。
「俺はロングスカートの女子が好きかな。昔なじみの女子がさ、すごくロングスカートの似合うやつでさ~……あれ、昔馴染み……?俺にそういう女子っていたっけ……?俺、誰のことを指して言ったんだろう……」
そいつは、誰?そんな言葉がひたすら脳内に反響し、次第に意識が遠のき、視界が白くなっていく。昔馴染みの、ロングスカートがよく似合う女子って、誰なんだ……?
※この物語はフィクションです。