この世界には、科学では証明できないような不可思議な出来事がたくさん存在する。それは例えば幽霊とか、超常現象とか、ジンクスとか。それらには人々を楽しませ、極楽の地へと導くものもあれば、人々を怯えさせ、恐怖のどん底に突き落とすものもある。これらの出来事は、現実に存在するかどうかすらわからないものもあるが、時にテーマパークの人気アトラクションに利用されたり、テレビで視聴率向上のために過剰に脚色して紹介されたりすることもある。
ここまでお届けしたのは、俺、姫路誠が実際にこの目、この耳、この肌、あらゆる感覚器官をもって体験した、この世に存在するすべての法則を駆使したとしても証明できないであろう現象を、何一つ脚色することなく忠実に書き記した物語であった。この物語を書き終わった今感じているのは、果たして自分が本当にその現象を体験していたのか、ということである。実際に物語の一部を俺の想像(と妄想と下心)によって補完した部分もある。しかし、この体に残っている感覚を、何の形にも残すことなく忘れてしまえば、それは空中を舞う塵同然の何の意味も持たない存在と化してしまう。俺は、この現象に何らかの大きな意味があり、いつの日か世界を大きく変える何かになると信じて、この物語を最後まで進めてきた。俺のこの体験は、人によって様々な感想を持たれることだろう。「女の子といちゃつくとかうらやましい」であったり「ただの妄想だろ。非リア乙」など。それは人それぞれの価値観の問題なので、俺がどうこう言ったりこの事実を無理やり押し付けたりすることはできない。しかし、この体験が夢とは明らかに異なる形で俺に起こり、それによって俺の高校生活が大きく変化したことは、ここで改めて念を押しておきたいと思う。あの時夢香が俺の前に現れなかったら、きっと俺の高校生活はいつまでも最初のつまらないもののままで、今の生活も内容の薄いつまらないものとなっていただろう。そして、ワールド・インターチェンジという概念がそもそも存在しなければ、俺は夢香の死後、すぐに彼女の後を追いかけ、今ごろ生きてはいなかったかもしれない。そう考えるとワールド・インターチェンジは、否、竜野夢香は、俺にとっての命の恩人なのだと、繰り返しにはなるが感じさせられる。彼女は成仏していったが、本当にかけがえのない存在だった。この事実は一生、たとえ俺が誰かと結婚することがあったとしても、絶対に変わることがないと確信している。夢香には助けてもらってばかりだった。本当にありがとな。……などと言えばきっとあいつ、「私のほうこそ、誠さんには助けられてばかりです。ありがとうございます」などと返してくれるんだろうな。
そんなことを思いながら、いったん筆を置く。今は最後に夢香に会ってから六年後。時系列としては「現在」に戻ってきた。正確に言えば、「現在に限りなく近い時間」といったところだろうか。ここまでの長い回想にお付き合いいただいたことに感謝したい。
「さ~て、ちょっと外の空気を吸うか……」
俺は長時間の執筆でこり固まった全身の筋肉をほぐし、よどみきったこの部屋の空気を入れ替えて気分転換をするため、ベランダの引き戸をガラガラと開ける。ここは六年前、俺が大学に入学した時に入居したアパート。実は俺は大学院に進学しており、つい先日、その大学院を卒業したところである。就職先はここではなく、また実家の近くでもない、新たな地である。この部屋は明日、引き払うことになっている。荷物の片付けをしていて、ふと六年前にここで夢香と出会ったことを思い出し、それがきっかけでここまで長々と述べてきた高校時代のあらゆる思い出がよみがえり、これを何らかの形で残しておこうと、小説の執筆を思いついた。
「夢香……」
彼女の名前をつぶやきながら、首から提げているストラップに通している指輪を月明りできらつかせる。俺は日々の忙しさに翻弄されるあまり、あの激動の日々はほとんどすべて忘れてしまっていたが、それでもこの指輪を見るたび、夢香のことを思い出した。しかし人間とは愚かな生き物で、どんなに忘れないでいようと思っていたとしても、いつか記憶は改変され、風化し、そして消えていく。恥ずかしいことに、俺はもう、夢香のことは美少女であること、俺の幼馴染であること、俺たちが世界中の誰よりも強い絆で結ばれた関係であることしか覚えていない。こういうことを言うのはつらいが、このまま何もしなければ俺もいつかは、夢香という存在そのものを風化させ、記憶からさらさらと消し去られてしまうのではないか、と思い、すごく悲しくなった。ただ、今この回想を書き終えたことで、ひとまずの形としては残しておくことはできたのではないだろうか。
「形だけじゃ、ありませんよ。私は、ここにいます」
ふと、どこかで聞き覚えのある声がして、周りを見回す。ベランダの手すりに、一人の女性が座っていた。彼女は俺と同じ年齢か少し若いぐらいであろうか。髪はウェーブがかかっていて長い。紺色のセーターと制服のようなスカートを着ている。見た目はまさに「ゆるふわ」といった感じだ。そして、その女性は明らかに……今の俺と同い年の竜野夢香だった。彼女の目には少しばかり涙が浮かんでいた。
「六年前の「最後の世界移動」のこと、覚えていますか?あの時、私は内緒にしていましたが、もうその必要はなくなりましたので、今言いますね。ここは、誠さんとの夢の中での日々の記憶がすべて引き継がれた……」
「私が死んでいない世界です。今、ここにいる私は仮の姿とかではなく、生身の私です。実は六年前、最後に私たちが会ったあの日の私も、本当は仮の姿ではなくて、生きている私そのものでした。でも、そのことを誠さんにお伝えしたらきっと平静を保てなくなるだろうということで、ちょっと演技して「仮の姿」ということにしました。あれから私はこの上の部屋に暮らし、同じ大学に通い、毎日誠さんのことを見ていました。そして、「最後の世界移動」のことをいつ言おうか、タイミングを見計らっていました。そして、誠さんが大学院を卒業された今、こうして本当のことを伝えることができました」
俺は、完全に無意識的に、夢香のことを抱きしめていた。目の前の女性が、もしかしたら夢香を装った別人であるかもしれないにもかかわらず。しかし、その疑いはすぐに消えた。夢香の体つき、夢香のぬくもり、夢香のにおい、そして、抱き合っただけで確かめ合える、夢香との絆。それは六年前のあの時と全く同じで、おそらくこれからも変わることのない事実であろう。
「もうっ、誠さんったら、痛いですよ……でも、今の誠さんでさえこういう反応をするのですから、六年前の誠さんならきっとパニックを起こしていたかもしれません。そう思うと、完璧なタイミングで本当のことを伝えられたかな~って、私、ちょっとだけ誇りに思えます」
「そうだな。この六年間は短いようで結構長かったけど、そのおかげであの頃のいざこざや細かい問題を全部忘れて、むしろあの時より素直な気持ちで夢香に向き合えそうな気がする。でも、六年間も俺に話しかけることもできずにただ見ているだけって、つらくなかったか?」
「つらくなかった、というと嘘になります。でも、この六年間の誠さん、どんなにつらいこと、苦しいことがあっても、私があげた指輪を常に首から提げて、時には強く握りしめて頑張っていました。あの指輪は、言ってみればこの六年間の私の代わりのようなものです。指輪ではありますが、いつも誠さんのそばにいて、いつも誠さんの元気の源になって、いつも誠さんとともに毎日を歩んでいた……そう思うだけで、私は私自身が誠さんの隣にいた時と同じ幸せを感じることができます。でもこれからは、私たちは……えへへっ」
夢香は、とろけるような笑顔を見せた。その言葉の続きはなかった。でも、それは俺たちがいずれ行きつくであろう、ある通過点のことであることはなんとなくわかったし、夢香も俺たちの絆をもってすればきっとわかってくれるだろうと思ってあえて続きを言わなかったのだろう。
「そうだ、夢の世界では夢香が言ってくれたあの言葉。今度は俺が言う番だな」
「……はい。言って、ほしいです……」
俺たちはいかなるものにも邪魔されないほど強く見つめ合い、思いを完全に同期した。軽くキスを交わすと、俺の視界から夢香以外のものが消え、夢香以外のあらゆる音はシャットアウトされた。世界は、俺と夢香だけになった。
「おかえり、夢香」
「ただいま、誠さん……」
ここまでお届けしたのは、俺、姫路誠が実際にこの目、この耳、この肌、あらゆる感覚器官をもって体験した、この世に存在するすべての法則を駆使したとしても証明できないであろう現象を、何一つ脚色することなく忠実に書き記した物語であった。この物語を書き終わった今感じているのは、果たして自分が本当にその現象を体験していたのか、ということである。実際に物語の一部を俺の想像(と妄想と下心)によって補完した部分もある。しかし、この体に残っている感覚を、何の形にも残すことなく忘れてしまえば、それは空中を舞う塵同然の何の意味も持たない存在と化してしまう。俺は、この現象に何らかの大きな意味があり、いつの日か世界を大きく変える何かになると信じて、この物語を最後まで進めてきた。俺のこの体験は、人によって様々な感想を持たれることだろう。「女の子といちゃつくとかうらやましい」であったり「ただの妄想だろ。非リア乙」など。それは人それぞれの価値観の問題なので、俺がどうこう言ったりこの事実を無理やり押し付けたりすることはできない。しかし、この体験が夢とは明らかに異なる形で俺に起こり、それによって俺の高校生活が大きく変化したことは、ここで改めて念を押しておきたいと思う。あの時夢香が俺の前に現れなかったら、きっと俺の高校生活はいつまでも最初のつまらないもののままで、今の生活も内容の薄いつまらないものとなっていただろう。そして、ワールド・インターチェンジという概念がそもそも存在しなければ、俺は夢香の死後、すぐに彼女の後を追いかけ、今ごろ生きてはいなかったかもしれない。そう考えるとワールド・インターチェンジは、否、竜野夢香は、俺にとっての命の恩人なのだと、繰り返しにはなるが感じさせられる。彼女は成仏していったが、本当にかけがえのない存在だった。この事実は一生、たとえ俺が誰かと結婚することがあったとしても、絶対に変わることがないと確信している。夢香には助けてもらってばかりだった。本当にありがとな。……などと言えばきっとあいつ、「私のほうこそ、誠さんには助けられてばかりです。ありがとうございます」などと返してくれるんだろうな。
そんなことを思いながら、いったん筆を置く。今は最後に夢香に会ってから六年後。時系列としては「現在」に戻ってきた。正確に言えば、「現在に限りなく近い時間」といったところだろうか。ここまでの長い回想にお付き合いいただいたことに感謝したい。
「さ~て、ちょっと外の空気を吸うか……」
俺は長時間の執筆でこり固まった全身の筋肉をほぐし、よどみきったこの部屋の空気を入れ替えて気分転換をするため、ベランダの引き戸をガラガラと開ける。ここは六年前、俺が大学に入学した時に入居したアパート。実は俺は大学院に進学しており、つい先日、その大学院を卒業したところである。就職先はここではなく、また実家の近くでもない、新たな地である。この部屋は明日、引き払うことになっている。荷物の片付けをしていて、ふと六年前にここで夢香と出会ったことを思い出し、それがきっかけでここまで長々と述べてきた高校時代のあらゆる思い出がよみがえり、これを何らかの形で残しておこうと、小説の執筆を思いついた。
「夢香……」
彼女の名前をつぶやきながら、首から提げているストラップに通している指輪を月明りできらつかせる。俺は日々の忙しさに翻弄されるあまり、あの激動の日々はほとんどすべて忘れてしまっていたが、それでもこの指輪を見るたび、夢香のことを思い出した。しかし人間とは愚かな生き物で、どんなに忘れないでいようと思っていたとしても、いつか記憶は改変され、風化し、そして消えていく。恥ずかしいことに、俺はもう、夢香のことは美少女であること、俺の幼馴染であること、俺たちが世界中の誰よりも強い絆で結ばれた関係であることしか覚えていない。こういうことを言うのはつらいが、このまま何もしなければ俺もいつかは、夢香という存在そのものを風化させ、記憶からさらさらと消し去られてしまうのではないか、と思い、すごく悲しくなった。ただ、今この回想を書き終えたことで、ひとまずの形としては残しておくことはできたのではないだろうか。
「形だけじゃ、ありませんよ。私は、ここにいます」
ふと、どこかで聞き覚えのある声がして、周りを見回す。ベランダの手すりに、一人の女性が座っていた。彼女は俺と同じ年齢か少し若いぐらいであろうか。髪はウェーブがかかっていて長い。紺色のセーターと制服のようなスカートを着ている。見た目はまさに「ゆるふわ」といった感じだ。そして、その女性は明らかに……今の俺と同い年の竜野夢香だった。彼女の目には少しばかり涙が浮かんでいた。
「六年前の「最後の世界移動」のこと、覚えていますか?あの時、私は内緒にしていましたが、もうその必要はなくなりましたので、今言いますね。ここは、誠さんとの夢の中での日々の記憶がすべて引き継がれた……」
「私が死んでいない世界です。今、ここにいる私は仮の姿とかではなく、生身の私です。実は六年前、最後に私たちが会ったあの日の私も、本当は仮の姿ではなくて、生きている私そのものでした。でも、そのことを誠さんにお伝えしたらきっと平静を保てなくなるだろうということで、ちょっと演技して「仮の姿」ということにしました。あれから私はこの上の部屋に暮らし、同じ大学に通い、毎日誠さんのことを見ていました。そして、「最後の世界移動」のことをいつ言おうか、タイミングを見計らっていました。そして、誠さんが大学院を卒業された今、こうして本当のことを伝えることができました」
俺は、完全に無意識的に、夢香のことを抱きしめていた。目の前の女性が、もしかしたら夢香を装った別人であるかもしれないにもかかわらず。しかし、その疑いはすぐに消えた。夢香の体つき、夢香のぬくもり、夢香のにおい、そして、抱き合っただけで確かめ合える、夢香との絆。それは六年前のあの時と全く同じで、おそらくこれからも変わることのない事実であろう。
「もうっ、誠さんったら、痛いですよ……でも、今の誠さんでさえこういう反応をするのですから、六年前の誠さんならきっとパニックを起こしていたかもしれません。そう思うと、完璧なタイミングで本当のことを伝えられたかな~って、私、ちょっとだけ誇りに思えます」
「そうだな。この六年間は短いようで結構長かったけど、そのおかげであの頃のいざこざや細かい問題を全部忘れて、むしろあの時より素直な気持ちで夢香に向き合えそうな気がする。でも、六年間も俺に話しかけることもできずにただ見ているだけって、つらくなかったか?」
「つらくなかった、というと嘘になります。でも、この六年間の誠さん、どんなにつらいこと、苦しいことがあっても、私があげた指輪を常に首から提げて、時には強く握りしめて頑張っていました。あの指輪は、言ってみればこの六年間の私の代わりのようなものです。指輪ではありますが、いつも誠さんのそばにいて、いつも誠さんの元気の源になって、いつも誠さんとともに毎日を歩んでいた……そう思うだけで、私は私自身が誠さんの隣にいた時と同じ幸せを感じることができます。でもこれからは、私たちは……えへへっ」
夢香は、とろけるような笑顔を見せた。その言葉の続きはなかった。でも、それは俺たちがいずれ行きつくであろう、ある通過点のことであることはなんとなくわかったし、夢香も俺たちの絆をもってすればきっとわかってくれるだろうと思ってあえて続きを言わなかったのだろう。
「そうだ、夢の世界では夢香が言ってくれたあの言葉。今度は俺が言う番だな」
「……はい。言って、ほしいです……」
俺たちはいかなるものにも邪魔されないほど強く見つめ合い、思いを完全に同期した。軽くキスを交わすと、俺の視界から夢香以外のものが消え、夢香以外のあらゆる音はシャットアウトされた。世界は、俺と夢香だけになった。
「おかえり、夢香」
「ただいま、誠さん……」
自作小説「ワールド・インターチェンジ」は、今回で最終回となります。「ワールド・インターチェンジ」を1話でもご覧いただいた皆様、ありがとうございました。
なお、10月からはpixivで「再投稿」と称して当ブログで連載してきた内容をもう一度連載します。当ブログですでにご覧になった方もそうでない方も、ぜひご覧ください。
今後とも「ワールド・インターチェンジ」をよろしくお願いします!
なお、10月からはpixivで「再投稿」と称して当ブログで連載してきた内容をもう一度連載します。当ブログですでにご覧になった方もそうでない方も、ぜひご覧ください。
今後とも「ワールド・インターチェンジ」をよろしくお願いします!