「……えっ」
それにいち早く気付いたのは、やはり夢香だった。夢香は浅い呼吸ながら、半ば強い口調で言った。
「だ、大丈夫です!誠さんは何も悪くありません。これは、私が私自身の意思で、こうなるように仕向けたものです!」
「え……どういうこと?」
俺は、もしかすると女の子に対して取り返しのつかないことをしてしまったかもしれないという恐怖と、その女の子の「あなたは悪くない」という言葉が、俺をかばっているのか本心でそう言っているのかわからないということで頭の中がひどく混乱し、いかなる事実をもすぐに受け入れられる気がしなかった。しかし、とりあえず夢香の言葉に耳を傾けることはできそうである。おろおろしながら彼女の話を聞く。
「実は、誠さんたちが住む現実世界で男性と女性が交わると新しい命が生まれるように、この世界でも男性と女性が交わると新しい命が生まれます。しかし、その命はワールド・インターチェンジに生まれるわけではなく、私たちが管理するどこかの現実世界の交わった男女間の誰かにその情報が転送されます。私は明日でいなくなりますが、そのような行為を通して現実世界に私の情報を送り、残しておくことは可能なのです」
「それで、俺とその「行為」に及んだ、わけか」
「すみません、こういうのはお互いの同意があってからするものだということはわかっています。でも、誠さんに拒否されたら、誠さんに変な風に思われちゃったらって、少しでも考えてしまう私がいて、できるだけ手間を減らそうと思って、誠さんには世界移動に使うのとよく似た特別な力を利用して、別の意識の中で過ごしていただいていました。実は、誠さんが見ていた意識の中の私、多少改変はされていますが今ここにいる私と同じことを言ってたんですよ」
「なるほど……」
そう言われてみると、先ほどの夢の中の「おっきいですね」とか「とても気持ちいい」といった言葉や、果実をつまみ、引っこ抜く行動や夢香のとろけるような声の意味がなんとなく理解できた。俺は今、強い絆で結ばれた夢香と「した」のか。ましてや夢香は過去に俺のことが好きで、俺も夢香のことが好きだった。そんな相手と……「した」、のか。
「すみません、こんな大事なことをこんな形でしてしまって」
「過ぎ去ったことをどうこう言っても仕方ない。ただ、俺としては、たとえ俺に嫌われるかもしれないって思ったとしても、俺と「したい」ってことを面と向かって言ってほしかった。だって俺たちは世界中の誰よりも強い絆で結ばれた絆、夢香がワールド・インターチェンジの最高法規を破ってでも守りたかった絆で結ばれているんだ。それをこの俺が、「誠さんとしたいです」の一言で壊すとでも思ったのか?」
夢香は、徐々に顔をゆがめ、目に涙を浮かべた。そのまま倒れるように俺に抱き着く。夢香の嗚咽が、俺の体を震えさせる。
「私……もう、無理です。正直に言います。今まで大嘘をついていました。今まで、誠さんのことは「強い絆で結ばれただけの関係」だって、「恋愛感情とかない」って、見栄張ってました。でも……やっぱり無理でした。私、誠さんのこと、大好きです。私と誠さんが昔出会ったことがあるとわかってから、この気持ちを抑えるのがとてもつらくなって……私、昔誠さんとお別れになるとわかってからずっと思ってたんです。絶対離れ離れになりたくない。一生誠さんのそばにいたい。結婚したい。誠さんとの赤ちゃんを産んで、幸せな家庭を築きたいって。誠さんを私の存在が限りなくゼロに近い世界に移動させたがために私自身も誠さんの存在をほとんど忘れてしまって、この願いもほとんど忘れてしまっていましたが、それでも心のどこかにはちゃんと残されていて、誠さんが、昔私が大好きだったあの子だってわかったとき、この思いがより強くなって戻ってきました。あぁ、私ってひどい奴だな。こんな自分勝手な理由で優さんをあんな言葉で蹴散らしておいて誠さんを手に入れるなんて」
「今の「大好き」って言葉を言うために今までの強い絆の関係を否定したいというのなら、その必要はないんじゃないの?別に「強い絆で結ばれているから好きになっちゃいけない」なんてことはないと思う。むしろ、強い絆で結ばれているからこそ、お互いのことを大好きになるものなんじゃないかな。俺こそ、今まで隠しててごめん。やっぱり夢香のこと、昔会ったあのときに夢香に抱いていたのと同じ、いや、それ以上に強い恋愛的な意味で、好きだわ」
夢香はさらに激しく泣き始め、俺の服をくしゃくしゃにつかむ。あふれ出た夢香の感情は、俺を泣かせることすら可能であった。
「誠……さん……好き、好き、好き!大好き……」
「俺も、大好きだ……」
その夜はお互いの「好き」のままにキスをし、抱き合った。今まで封じ込めてきた分、たくさん「好き」を言い合った。俺たちは「強い絆」という、普通の男女関係にある人々がだれしも省略してしまうプロセスをこれだけじっくりと時間をかけて歩んだことで、凡人レベルの絆を超越し、もはや一心同体となったのではないか、とすら感じた。ましてやここは夢の世界なのだから、本当にそういうことが可能なのではないか、と考えるほどだった。意識が現実世界へと戻ってくる直前まで、俺たちは抱き合った。
次の日の夜、夢香はとうとうワールド・インターチェンジから存在を抹消されることとなった。自分でこの言葉を口にするのは本当につらい。だって、優が夢香のことをめちゃくちゃにしていたあのとき、あれほど「消えてほしくない」と強く願い、そのために自分を犠牲にして彼女を守ったのだから。今回は自分がどのような形で犠牲になったとしても、「夢香が消える」という事実が変わることはない。俺は、この事実をいやおうなしに受け入れなければならなかった。俺たちは昨夜、おそらく人類がなすことができる最高レベルの「つながり」をもち、一体になれた。そして、そのことによって「夢香」という存在の情報が俺たちの住む現実世界のどこかに生まれる。夢香はこの世界から消えることはない。なのに、俺はなぜ悲しんでいるのだろう。
目を覚ますと、すでに最後の手続きの準備が目の前で進んでいた。どこか特別な部屋に招かれるのかと思ったが、ここは俺達がいつも楽しく、幸せな時間を過ごしていたあの白い空間である。ベッド横のスペースに特設ステージのような箱が設置されていた。その箱は畳1畳ほどの大きさで、背丈は俺の身長と同じぐらいだろうか。手前にはカーテンが掛けられており、中の様子をうかがうことはできなかった。最初に俺の目覚めに気付いたのは、この前俺に衝撃の事実を伝えたあの女性だった。
「あ、気づきましたか。もうそろそろ始まりますよ」
「あの、夢香は」
「夢香さんならこの後、少しだけお話する時間があります。ご安心ください」
女性のその言葉を聞いて、俺が少しばかり予想していた「最後の日に夢香の顔を見ることなくお別れとなってしまう」という事態は避けられそうだ。普段感じるものより三倍増しぐらいの安堵感でいっぱいになる。
しばらくすると、箱の手前にかけられていたカーテンがゆっくりと巻き上げられる。中には、小さな椅子に腰掛けた夢香がいた。小さな箱ではあるが、紐のようなもので拘束されていたり、身動きが完全に取れないように細工されていたりはしないようだった。夢香は、俺の顔を見るなり一気に顔色を良くし、ほくほくした様子で俺を見つめた。しかし、見つめるだけだった。いつもなら俺に抱きつくか押し倒すなどして、とにかく俺にくっつこうとするのだが、今の彼女にそのような前兆は見受けられない。おそらく、この箱の中から出ることを許されていないのだろう。俺は、今のこの状況の夢香に何を言ったらいいかすぐには思いつかず、なんとなく思いついたことをそのまま口にした。
「結局……あの後一度も世界移動しなかったな」
その言葉を聞いた夢香は、突然くすっと吹き出した。その仕草は、まぁいつものように可愛さを極めていて、でもいつもとはちょっと違う、どこか最後のその時を意識した、含みのある微笑みだった。夢香は言う。
「実は、二回とも使用したんですよ。一回目は昨日の夜、私が誠さんに対してお見せした草原のような世界。あの時間と空間を実現するために、世界移動一回分と同じ力を使いました。そして二回目は最後に誠さんとキスをしながら眠りについた後、私があなたを世界移動のできる椅子に移動させて、最後の世界移動をしました。ですから、残り回数は……0回です」
「そうなのか。最後の世界移動で、俺はどんな世界に移動したんだ?気になる」
「それは……ナ・イ・ショ、です。でも、そう遠くないうちにわかります」
「え~、気になるよ。どうしてもだめか?」
「はい!どうしても、です」
「うーん、ワールド・インターチェンジの世界の人、融通きかない人多いなぁ」
「ちょっと、それどういうことですか!」
などと、いつもと変わらない会話を楽しみ、笑い合う。まもなく夢香はいなくなるというのに、それを感じさせない時間であった。
「そろそろ手続きの時間です」
という女性の一声によって、俺たちの会話は中断を余儀なくされた。俺は後ろへ引き下がり、ベッド横に置かれている簡素な椅子に座った。今ならまだ、夢香を抱きしめ、この手続きを少しでも遅らせたり、あるいは止めることができるはずである。少なくとも土下座をしてでも懇願することは可能だった。しかし、今の俺の中には、なぜだろう、妙な安心感と根拠のない自信が沸き起こっていて、まるで誰かに「あとで必ず夢香を連れ戻しに来るから」などと吹き込まれたかのような気分であった。後ろの方で係の人がこの箱に備わっているらしい操作盤をポチポチと操作すると、箱が細かく振動を始め、少しばかり光を発し始めた。
「誠さん、今までありがとうございました。あなたと過ごした時間は大切な宝物です。本当にありがとう……」
そのように言う夢香はとても美しく、輝いていて、まるでお姫様のようだった。とすれば、俺は王子様、といったところか。あらがうことのできない事情により、二人は別れてしまう、という流れは、いつか夢香が言っていた「おとぎ話」によくありそうなものだと感じた。
その時、夢香の周りを柔らかく照らしていた光が突如激しく、強く、まぶしいものへと変化した。その光はあまりに強く、視界が完全にさえぎられる。同時に地面が激しく振動し、よくわからない大きな音、今まで嗅いだことのないにおい、暑いのか寒いのかわからなくなるような混沌とした空気が俺を包み込み、感覚器官が完全に混乱した。
「これは、未練がなくなったときに現れる光だ!」
という、誰か男性の叫び声が聞こえた直後、俺の体は何か混沌とした渦巻に飲みこまれ、そのままぐるぐると洗濯槽の中をかき回されるかのように体が上下左右に回転させられた。先ほどからの感覚器官の混乱も相まって、だんだん意識がもうろうとしてくる。
それにいち早く気付いたのは、やはり夢香だった。夢香は浅い呼吸ながら、半ば強い口調で言った。
「だ、大丈夫です!誠さんは何も悪くありません。これは、私が私自身の意思で、こうなるように仕向けたものです!」
「え……どういうこと?」
俺は、もしかすると女の子に対して取り返しのつかないことをしてしまったかもしれないという恐怖と、その女の子の「あなたは悪くない」という言葉が、俺をかばっているのか本心でそう言っているのかわからないということで頭の中がひどく混乱し、いかなる事実をもすぐに受け入れられる気がしなかった。しかし、とりあえず夢香の言葉に耳を傾けることはできそうである。おろおろしながら彼女の話を聞く。
「実は、誠さんたちが住む現実世界で男性と女性が交わると新しい命が生まれるように、この世界でも男性と女性が交わると新しい命が生まれます。しかし、その命はワールド・インターチェンジに生まれるわけではなく、私たちが管理するどこかの現実世界の交わった男女間の誰かにその情報が転送されます。私は明日でいなくなりますが、そのような行為を通して現実世界に私の情報を送り、残しておくことは可能なのです」
「それで、俺とその「行為」に及んだ、わけか」
「すみません、こういうのはお互いの同意があってからするものだということはわかっています。でも、誠さんに拒否されたら、誠さんに変な風に思われちゃったらって、少しでも考えてしまう私がいて、できるだけ手間を減らそうと思って、誠さんには世界移動に使うのとよく似た特別な力を利用して、別の意識の中で過ごしていただいていました。実は、誠さんが見ていた意識の中の私、多少改変はされていますが今ここにいる私と同じことを言ってたんですよ」
「なるほど……」
そう言われてみると、先ほどの夢の中の「おっきいですね」とか「とても気持ちいい」といった言葉や、果実をつまみ、引っこ抜く行動や夢香のとろけるような声の意味がなんとなく理解できた。俺は今、強い絆で結ばれた夢香と「した」のか。ましてや夢香は過去に俺のことが好きで、俺も夢香のことが好きだった。そんな相手と……「した」、のか。
「すみません、こんな大事なことをこんな形でしてしまって」
「過ぎ去ったことをどうこう言っても仕方ない。ただ、俺としては、たとえ俺に嫌われるかもしれないって思ったとしても、俺と「したい」ってことを面と向かって言ってほしかった。だって俺たちは世界中の誰よりも強い絆で結ばれた絆、夢香がワールド・インターチェンジの最高法規を破ってでも守りたかった絆で結ばれているんだ。それをこの俺が、「誠さんとしたいです」の一言で壊すとでも思ったのか?」
夢香は、徐々に顔をゆがめ、目に涙を浮かべた。そのまま倒れるように俺に抱き着く。夢香の嗚咽が、俺の体を震えさせる。
「私……もう、無理です。正直に言います。今まで大嘘をついていました。今まで、誠さんのことは「強い絆で結ばれただけの関係」だって、「恋愛感情とかない」って、見栄張ってました。でも……やっぱり無理でした。私、誠さんのこと、大好きです。私と誠さんが昔出会ったことがあるとわかってから、この気持ちを抑えるのがとてもつらくなって……私、昔誠さんとお別れになるとわかってからずっと思ってたんです。絶対離れ離れになりたくない。一生誠さんのそばにいたい。結婚したい。誠さんとの赤ちゃんを産んで、幸せな家庭を築きたいって。誠さんを私の存在が限りなくゼロに近い世界に移動させたがために私自身も誠さんの存在をほとんど忘れてしまって、この願いもほとんど忘れてしまっていましたが、それでも心のどこかにはちゃんと残されていて、誠さんが、昔私が大好きだったあの子だってわかったとき、この思いがより強くなって戻ってきました。あぁ、私ってひどい奴だな。こんな自分勝手な理由で優さんをあんな言葉で蹴散らしておいて誠さんを手に入れるなんて」
「今の「大好き」って言葉を言うために今までの強い絆の関係を否定したいというのなら、その必要はないんじゃないの?別に「強い絆で結ばれているから好きになっちゃいけない」なんてことはないと思う。むしろ、強い絆で結ばれているからこそ、お互いのことを大好きになるものなんじゃないかな。俺こそ、今まで隠しててごめん。やっぱり夢香のこと、昔会ったあのときに夢香に抱いていたのと同じ、いや、それ以上に強い恋愛的な意味で、好きだわ」
夢香はさらに激しく泣き始め、俺の服をくしゃくしゃにつかむ。あふれ出た夢香の感情は、俺を泣かせることすら可能であった。
「誠……さん……好き、好き、好き!大好き……」
「俺も、大好きだ……」
その夜はお互いの「好き」のままにキスをし、抱き合った。今まで封じ込めてきた分、たくさん「好き」を言い合った。俺たちは「強い絆」という、普通の男女関係にある人々がだれしも省略してしまうプロセスをこれだけじっくりと時間をかけて歩んだことで、凡人レベルの絆を超越し、もはや一心同体となったのではないか、とすら感じた。ましてやここは夢の世界なのだから、本当にそういうことが可能なのではないか、と考えるほどだった。意識が現実世界へと戻ってくる直前まで、俺たちは抱き合った。
次の日の夜、夢香はとうとうワールド・インターチェンジから存在を抹消されることとなった。自分でこの言葉を口にするのは本当につらい。だって、優が夢香のことをめちゃくちゃにしていたあのとき、あれほど「消えてほしくない」と強く願い、そのために自分を犠牲にして彼女を守ったのだから。今回は自分がどのような形で犠牲になったとしても、「夢香が消える」という事実が変わることはない。俺は、この事実をいやおうなしに受け入れなければならなかった。俺たちは昨夜、おそらく人類がなすことができる最高レベルの「つながり」をもち、一体になれた。そして、そのことによって「夢香」という存在の情報が俺たちの住む現実世界のどこかに生まれる。夢香はこの世界から消えることはない。なのに、俺はなぜ悲しんでいるのだろう。
目を覚ますと、すでに最後の手続きの準備が目の前で進んでいた。どこか特別な部屋に招かれるのかと思ったが、ここは俺達がいつも楽しく、幸せな時間を過ごしていたあの白い空間である。ベッド横のスペースに特設ステージのような箱が設置されていた。その箱は畳1畳ほどの大きさで、背丈は俺の身長と同じぐらいだろうか。手前にはカーテンが掛けられており、中の様子をうかがうことはできなかった。最初に俺の目覚めに気付いたのは、この前俺に衝撃の事実を伝えたあの女性だった。
「あ、気づきましたか。もうそろそろ始まりますよ」
「あの、夢香は」
「夢香さんならこの後、少しだけお話する時間があります。ご安心ください」
女性のその言葉を聞いて、俺が少しばかり予想していた「最後の日に夢香の顔を見ることなくお別れとなってしまう」という事態は避けられそうだ。普段感じるものより三倍増しぐらいの安堵感でいっぱいになる。
しばらくすると、箱の手前にかけられていたカーテンがゆっくりと巻き上げられる。中には、小さな椅子に腰掛けた夢香がいた。小さな箱ではあるが、紐のようなもので拘束されていたり、身動きが完全に取れないように細工されていたりはしないようだった。夢香は、俺の顔を見るなり一気に顔色を良くし、ほくほくした様子で俺を見つめた。しかし、見つめるだけだった。いつもなら俺に抱きつくか押し倒すなどして、とにかく俺にくっつこうとするのだが、今の彼女にそのような前兆は見受けられない。おそらく、この箱の中から出ることを許されていないのだろう。俺は、今のこの状況の夢香に何を言ったらいいかすぐには思いつかず、なんとなく思いついたことをそのまま口にした。
「結局……あの後一度も世界移動しなかったな」
その言葉を聞いた夢香は、突然くすっと吹き出した。その仕草は、まぁいつものように可愛さを極めていて、でもいつもとはちょっと違う、どこか最後のその時を意識した、含みのある微笑みだった。夢香は言う。
「実は、二回とも使用したんですよ。一回目は昨日の夜、私が誠さんに対してお見せした草原のような世界。あの時間と空間を実現するために、世界移動一回分と同じ力を使いました。そして二回目は最後に誠さんとキスをしながら眠りについた後、私があなたを世界移動のできる椅子に移動させて、最後の世界移動をしました。ですから、残り回数は……0回です」
「そうなのか。最後の世界移動で、俺はどんな世界に移動したんだ?気になる」
「それは……ナ・イ・ショ、です。でも、そう遠くないうちにわかります」
「え~、気になるよ。どうしてもだめか?」
「はい!どうしても、です」
「うーん、ワールド・インターチェンジの世界の人、融通きかない人多いなぁ」
「ちょっと、それどういうことですか!」
などと、いつもと変わらない会話を楽しみ、笑い合う。まもなく夢香はいなくなるというのに、それを感じさせない時間であった。
「そろそろ手続きの時間です」
という女性の一声によって、俺たちの会話は中断を余儀なくされた。俺は後ろへ引き下がり、ベッド横に置かれている簡素な椅子に座った。今ならまだ、夢香を抱きしめ、この手続きを少しでも遅らせたり、あるいは止めることができるはずである。少なくとも土下座をしてでも懇願することは可能だった。しかし、今の俺の中には、なぜだろう、妙な安心感と根拠のない自信が沸き起こっていて、まるで誰かに「あとで必ず夢香を連れ戻しに来るから」などと吹き込まれたかのような気分であった。後ろの方で係の人がこの箱に備わっているらしい操作盤をポチポチと操作すると、箱が細かく振動を始め、少しばかり光を発し始めた。
「誠さん、今までありがとうございました。あなたと過ごした時間は大切な宝物です。本当にありがとう……」
そのように言う夢香はとても美しく、輝いていて、まるでお姫様のようだった。とすれば、俺は王子様、といったところか。あらがうことのできない事情により、二人は別れてしまう、という流れは、いつか夢香が言っていた「おとぎ話」によくありそうなものだと感じた。
その時、夢香の周りを柔らかく照らしていた光が突如激しく、強く、まぶしいものへと変化した。その光はあまりに強く、視界が完全にさえぎられる。同時に地面が激しく振動し、よくわからない大きな音、今まで嗅いだことのないにおい、暑いのか寒いのかわからなくなるような混沌とした空気が俺を包み込み、感覚器官が完全に混乱した。
「これは、未練がなくなったときに現れる光だ!」
という、誰か男性の叫び声が聞こえた直後、俺の体は何か混沌とした渦巻に飲みこまれ、そのままぐるぐると洗濯槽の中をかき回されるかのように体が上下左右に回転させられた。先ほどからの感覚器官の混乱も相まって、だんだん意識がもうろうとしてくる。