翌日の夜、とうとう夢香との最後の一夜がやってきた。ほんとうに悔しいことだが、どうしても、この夜が夢香と過ごせる最後の夜となる。正確に言えば明日も夢香の顔を見られるわけなのだが、夢香の存在が抹消される手続きがどのようなものかはわからない。もしかしたら俺がこの世界に来られたとしても、彼女の顔を一瞬たりとも見ることなくお別れになるかもしれない。実質的には今日が最後、なのだ。
目を覚ますと、夢香はいつものようにベッドの横にある簡素な椅子に座って、俺が目を覚ますのを待ち続けていた。正直なところ、目を覚ました瞬間に夢香の感情が高まって、わんわん泣き出すのではないか、とも考えたが、そこにいた夢香はいつも以上に落ち着いていて、どこかおしとやかで、やっぱりかわいかった。俺が目を覚ましたことに気付くと、夢香はいつものようにぽわっとほほえんで、
「おかえりなさい、誠さん」
そう言ってくるのだった。
俺はまず、例の事件について聞いてみることにした。
「夢香……例のこと、昨日ワールド・インターチェンジの偉い人から聞いた。何も、そこまでして俺に出会う必要なかったのに……」
「すみません……私の中の感情が高ぶってしまって、いてもたってもいられなくなって、がまんできなくて……そんなことすれば、こういう結果になることも知ってました。そのことによって、誠さんといられる時間が少なくなってしまうこともわかってました。でも、今のこの私の感情に、どうしても逆らうことができませんでした」
「そっか」
夢香は静かにうつむいたまま、自らの行動の理由を話してくれた。その声は優しくありながら、どこか寂しさを感じさせるものがあった。
「……」
「……なんで怒らないんですか!!私、ワールド・インターチェンジの最高法規に違反したんですよ!それによって誠さんといられる時間も短くなって、誠さんを悲しくさせてしまって、結局誠さんのこと不幸にしてしまって!私、こんなに最低最悪な人間ですよ!怒鳴ってくださいよ!殴ってくださいよ!優さんがやったようにめちゃくちゃにしてくださいよ!!」
俺は自動的に、思いのままに怒鳴り散らす夢香を抱きしめに行っていた。俺がそっと包み込もうとすると、夢香はそれを必死に突き放そうとした。
「なんで抱きしめるんですか!なんでそんなに優しくするんですか!なんでこんなクソ人間に構うんですか!離れてください!ずるいんですよ、誠さんは!ずるいです!」
無我夢中で俺から離れようとする夢香を、俺は絶対に引き離さなかった。夢香は涙を飛び散らせながら、それでもなお必死に俺から離れようとしていた。が、俺が夢香のことを全力で抱きしめ、夢香のことだけを考え、夢香の首元に自分の顔をうずめてただ一心に夢香のことを思い続けているうち、彼女はとうとう俺を突き飛ばすのをあきらめてしまった。
「なんで……そんなに優しくするんですか……ずるいです!うわあああああ!!」
彼女は俺の懐に顔をつっこみ、子供のように感情を丸出しにして大泣きした。それは今までの彼女の涙の中で最も長く、激しいものだった。こういう感情の起伏が激しい、言い換えれば気持ちが分かりやすいところもまた、夢香のかわいいところだった。俺はそんな夢香をいつまでも、どこまでも、深く、深く受け入れていた。
やがて夢香が落ち着き、俺から少し離れた。俺の両手を強く握る。そのまま引き寄せられるようにベッドのほうへ向かい、パタンと横になる。その間も夢香は手を離さなかったので、俺はバランスを崩し、夢香の上に覆いかぶさる形でベッドに倒れこんだ。ひじをうまく使って、夢香に俺の全体重がのしかかることだけは避けた。そのままキスに移行してもおかしくないような顔の近さである。
「すみません、先ほどは大泣きしてしまって。誠さんにぎゅっと抱きしめられてたら、私、わかりました。誠さんがどうして怒らないのか。……それが、誠さんだから。誠さんは、怒る必要があるときはちゃんと怒ります。でも、今回はその必要はなかった。先ほどの私の行動は、私の気持ちがよく分からないことになって、それを紛らわせるために勝手に出てきたもの。本当は、最初から誠さんに抱きしめてほしかった。一晩中、私がここからいなくなるその瞬間まで、ずっと。そのことに私自身の力で気付いてほしかったから、何も言わなかったんですね」
俺は静かにうなずく。
「いつか、誠さんは私に「もっと自分の気持ちに正直になれ」と言ってくれました。あれからできるだけ、自分の気持ちを素直に表現しようと努力していました。でも……まだまだでしたね」
「何言ってるんだ。今さっき俺が抱き続けただけで、本当の自分の気持ちに気付くことができた。それだけで十分成長してるよ。たぶんあの言葉を言う前の夢香なら、今でも俺を突き放そうとしたり、怒鳴り続けたりしてただろうな」
「誠さんにそう言ってもらえたら、頑張った甲斐がありました」
夢香はそっと微笑む。それから、夢香はゆっくりと手を伸ばし、まず俺の頬をさすった。そのままなでるようにして、首筋に触れる。夢香の手が、俺の首筋の傷跡に触れた瞬間、突然視界が暗くなり、自分の意識の範囲では今の世界の状態を認識することができなくなった。
はっと気が付くと、俺はなぜか大草原のど真ん中に大きくそびえ立つ木の下で寝ていた。仰向けに寝ていたらしく、目を開けたそこには一面の青空、そこにぷかりぷかりと適度に浮かぶ、甘くておいしい綿菓子のような雲、そして、葉がさわさわと音を立ててこすれあう大きな木があった。地面は柔らかな緑色の草が茂っており、風が吹く度にその葉が俺の腕をくすぐる。そして、さらに上を見上げると、俺にひざまくらをしながら自らもうたた寝をしている夢香の姿があった。俺は、自分がなぜここにいるか不思議に感じながらも、今自分がこの場にいること自体を不思議には感じなかった。俺は起き上がり、うとうととしている夢香の体をそっと横にした。そのまま自分も再び横になり、自分の腕を彼女の枕にしてあげた。
「う、う~ん……」
まもなく夢香はうたた寝から覚めた。その目はとろんとしていて、いつもにも増してかわいい。体の中で何か特別な感情がうずくような気がした。それから俺たちは、特に何を話すわけでもなく、二人仰向けになって、ただ空を見上げていた。
しばらくして夢香が横向きになって、俺の肩に手をそえてほほ笑む。
「おっきいですね、誠さんの肩……」
「そうか?」
「はい。物理的に大きいこともありますが、頼もしい、という意味でも、とても大きく感じます」
「そっか……にしても、すんげぇ気持ちいいよな」
「はいっ。とても気持ち良くて……誠さんとなら、この大空をどこまでも高く飛んでいけそうな気がします」
「そんな大げさな」
「ふふっ」
などと、たわいのない会話を楽しむ。
「あれ?こんなところに小さな果実みたいなものがありますよ。なんでしょう?」
夢香が見つけたのは、直径一センチにも満たない、小さな薄いピンク色の果実を実らせる草の群れだった。
「なんだろうな。見たことないな」
夢香がその果実をつまみ、引っこ抜く。俺も同じように別の果実をつまむ。おっと、力の加減を誤って、その実をつぶしてしまった。
「きゃっ」
「ごめんごめん」
俺はハンカチなどを持ち合わせていなかったので、自分の服を使って彼女の顔に飛び散った果汁をふき取り、また別の果実を引っこ抜いた。今度はうまく引き抜くことができた。と同時に、夢香がその果実を少しだけかじった。しかし、すぐにペッペッと吐き出す。
「苦い~……」
「おいおいやめとけよ。毒でも入ってたらどうするんだよ」
「えへへ、ごめんなさい……」
それから俺はもうしばらく夢香と果実の摘み取りを楽しんだのち、また仰向けになって目をつむり、この爽快な大草原の空気をしばし味わうことにした。
再び目を覚ましたのは、頬にくすぐったい感触があったからだ。目を開けると、すぐそこに夢香がいて、俺の頬にキスをした後だった。
「私がキスをしたら誠さんが目覚める……なんか、おとぎ話みたいですね」
「そうだな」
「今度は、唇と唇で、どうですか?」
などと言い終わらぬうちに、夢香はもう俺に顔を近づけていた。一応質問はしているが、誠から返ってくる答えなんて最初から決まってる。だから、待たなくていい。いつもの夢香らしい、強引で、でもどこかかわいい、俺に対する絆の確認の求め方だった。
「んむっ……はぅ……ん……」
大草原のど真ん中にいるからだろうか、時間がとてもゆっくり流れているような気がして、いつものように激しい絆の確認をしようとは思わなかった。それは夢香も同じで、代わりに時間がたっぷりある分、念入りで、部屋の隅の隅にあるほんのわずかなほこりをかき取るかのようにじっくりと、舌を絡めてその絆を強固に確認した。こうやって夢香とキスできるのも今日が最後だと思うと、なんだか名残惜しくなる。それでも今は、こうやって夢香と一体になれることが何よりもうれしくて、幸せだった。
「はっうっ……んうぅ……」
夢香の甘くとろけるような声を聞いているうち、だんだんと意識が遠くなり、次第に目の前の視界が明るさを失い始めた。そしてまた、俺は自分の意識の範囲で世界の状態を認識することができなくなってしまった。
再び目を覚ましたとき、俺はもう大草原にはいなかった。そこはいつもの白い空間で、俺が眠っているのもいつものベッドであった。すぐ目の前にいた夢香は起き上がり、俺の上にまたがっていた。まぁここまでは頻度的には少ないものの、過去に経験のあるシチュエーションだ。いつもと状態が異なっていたのはここから。夢香は、なぜか顔を赤らめ、髪を汗でしっとり濡らしながら荒い呼吸をしていた。目はうっとりしている。そして、いつも着ているセーターが俺たちの横に脱ぎ捨てられており、ブラウスの前ボタンがすべて開いていた。さらに、その下に着ていたであろうキャミソールと、上半身の特定の部位を保護するための下着がセーターの上に脱ぎ捨てられているではないか。ブラウスがうまく蓋をしていて、俺の位置から女の子の大切な部位は見えなかった。ここで、「いつもと何かが違う」ということに気付く。セーターの近くには、夢香が履いていたであろうタイツと、その下に着用されているべき下着までもが置かれている。そして、彼女のスカートによって完全に覆い隠された空間の中で、俺たちが特別なつながりをもっているような感覚と、その場所に昨夜俺が布に向かって行った「作業」の後に感じたのと同じ違和感がある。ただ寝ていただけのはずなのに、なぜか俺も汗をかいていて、すごくだるかった。それが「事後」であると判明した時、俺は瞬間的に青くなった。
「……えっ」
目を覚ますと、夢香はいつものようにベッドの横にある簡素な椅子に座って、俺が目を覚ますのを待ち続けていた。正直なところ、目を覚ました瞬間に夢香の感情が高まって、わんわん泣き出すのではないか、とも考えたが、そこにいた夢香はいつも以上に落ち着いていて、どこかおしとやかで、やっぱりかわいかった。俺が目を覚ましたことに気付くと、夢香はいつものようにぽわっとほほえんで、
「おかえりなさい、誠さん」
そう言ってくるのだった。
俺はまず、例の事件について聞いてみることにした。
「夢香……例のこと、昨日ワールド・インターチェンジの偉い人から聞いた。何も、そこまでして俺に出会う必要なかったのに……」
「すみません……私の中の感情が高ぶってしまって、いてもたってもいられなくなって、がまんできなくて……そんなことすれば、こういう結果になることも知ってました。そのことによって、誠さんといられる時間が少なくなってしまうこともわかってました。でも、今のこの私の感情に、どうしても逆らうことができませんでした」
「そっか」
夢香は静かにうつむいたまま、自らの行動の理由を話してくれた。その声は優しくありながら、どこか寂しさを感じさせるものがあった。
「……」
「……なんで怒らないんですか!!私、ワールド・インターチェンジの最高法規に違反したんですよ!それによって誠さんといられる時間も短くなって、誠さんを悲しくさせてしまって、結局誠さんのこと不幸にしてしまって!私、こんなに最低最悪な人間ですよ!怒鳴ってくださいよ!殴ってくださいよ!優さんがやったようにめちゃくちゃにしてくださいよ!!」
俺は自動的に、思いのままに怒鳴り散らす夢香を抱きしめに行っていた。俺がそっと包み込もうとすると、夢香はそれを必死に突き放そうとした。
「なんで抱きしめるんですか!なんでそんなに優しくするんですか!なんでこんなクソ人間に構うんですか!離れてください!ずるいんですよ、誠さんは!ずるいです!」
無我夢中で俺から離れようとする夢香を、俺は絶対に引き離さなかった。夢香は涙を飛び散らせながら、それでもなお必死に俺から離れようとしていた。が、俺が夢香のことを全力で抱きしめ、夢香のことだけを考え、夢香の首元に自分の顔をうずめてただ一心に夢香のことを思い続けているうち、彼女はとうとう俺を突き飛ばすのをあきらめてしまった。
「なんで……そんなに優しくするんですか……ずるいです!うわあああああ!!」
彼女は俺の懐に顔をつっこみ、子供のように感情を丸出しにして大泣きした。それは今までの彼女の涙の中で最も長く、激しいものだった。こういう感情の起伏が激しい、言い換えれば気持ちが分かりやすいところもまた、夢香のかわいいところだった。俺はそんな夢香をいつまでも、どこまでも、深く、深く受け入れていた。
やがて夢香が落ち着き、俺から少し離れた。俺の両手を強く握る。そのまま引き寄せられるようにベッドのほうへ向かい、パタンと横になる。その間も夢香は手を離さなかったので、俺はバランスを崩し、夢香の上に覆いかぶさる形でベッドに倒れこんだ。ひじをうまく使って、夢香に俺の全体重がのしかかることだけは避けた。そのままキスに移行してもおかしくないような顔の近さである。
「すみません、先ほどは大泣きしてしまって。誠さんにぎゅっと抱きしめられてたら、私、わかりました。誠さんがどうして怒らないのか。……それが、誠さんだから。誠さんは、怒る必要があるときはちゃんと怒ります。でも、今回はその必要はなかった。先ほどの私の行動は、私の気持ちがよく分からないことになって、それを紛らわせるために勝手に出てきたもの。本当は、最初から誠さんに抱きしめてほしかった。一晩中、私がここからいなくなるその瞬間まで、ずっと。そのことに私自身の力で気付いてほしかったから、何も言わなかったんですね」
俺は静かにうなずく。
「いつか、誠さんは私に「もっと自分の気持ちに正直になれ」と言ってくれました。あれからできるだけ、自分の気持ちを素直に表現しようと努力していました。でも……まだまだでしたね」
「何言ってるんだ。今さっき俺が抱き続けただけで、本当の自分の気持ちに気付くことができた。それだけで十分成長してるよ。たぶんあの言葉を言う前の夢香なら、今でも俺を突き放そうとしたり、怒鳴り続けたりしてただろうな」
「誠さんにそう言ってもらえたら、頑張った甲斐がありました」
夢香はそっと微笑む。それから、夢香はゆっくりと手を伸ばし、まず俺の頬をさすった。そのままなでるようにして、首筋に触れる。夢香の手が、俺の首筋の傷跡に触れた瞬間、突然視界が暗くなり、自分の意識の範囲では今の世界の状態を認識することができなくなった。
はっと気が付くと、俺はなぜか大草原のど真ん中に大きくそびえ立つ木の下で寝ていた。仰向けに寝ていたらしく、目を開けたそこには一面の青空、そこにぷかりぷかりと適度に浮かぶ、甘くておいしい綿菓子のような雲、そして、葉がさわさわと音を立ててこすれあう大きな木があった。地面は柔らかな緑色の草が茂っており、風が吹く度にその葉が俺の腕をくすぐる。そして、さらに上を見上げると、俺にひざまくらをしながら自らもうたた寝をしている夢香の姿があった。俺は、自分がなぜここにいるか不思議に感じながらも、今自分がこの場にいること自体を不思議には感じなかった。俺は起き上がり、うとうととしている夢香の体をそっと横にした。そのまま自分も再び横になり、自分の腕を彼女の枕にしてあげた。
「う、う~ん……」
まもなく夢香はうたた寝から覚めた。その目はとろんとしていて、いつもにも増してかわいい。体の中で何か特別な感情がうずくような気がした。それから俺たちは、特に何を話すわけでもなく、二人仰向けになって、ただ空を見上げていた。
しばらくして夢香が横向きになって、俺の肩に手をそえてほほ笑む。
「おっきいですね、誠さんの肩……」
「そうか?」
「はい。物理的に大きいこともありますが、頼もしい、という意味でも、とても大きく感じます」
「そっか……にしても、すんげぇ気持ちいいよな」
「はいっ。とても気持ち良くて……誠さんとなら、この大空をどこまでも高く飛んでいけそうな気がします」
「そんな大げさな」
「ふふっ」
などと、たわいのない会話を楽しむ。
「あれ?こんなところに小さな果実みたいなものがありますよ。なんでしょう?」
夢香が見つけたのは、直径一センチにも満たない、小さな薄いピンク色の果実を実らせる草の群れだった。
「なんだろうな。見たことないな」
夢香がその果実をつまみ、引っこ抜く。俺も同じように別の果実をつまむ。おっと、力の加減を誤って、その実をつぶしてしまった。
「きゃっ」
「ごめんごめん」
俺はハンカチなどを持ち合わせていなかったので、自分の服を使って彼女の顔に飛び散った果汁をふき取り、また別の果実を引っこ抜いた。今度はうまく引き抜くことができた。と同時に、夢香がその果実を少しだけかじった。しかし、すぐにペッペッと吐き出す。
「苦い~……」
「おいおいやめとけよ。毒でも入ってたらどうするんだよ」
「えへへ、ごめんなさい……」
それから俺はもうしばらく夢香と果実の摘み取りを楽しんだのち、また仰向けになって目をつむり、この爽快な大草原の空気をしばし味わうことにした。
再び目を覚ましたのは、頬にくすぐったい感触があったからだ。目を開けると、すぐそこに夢香がいて、俺の頬にキスをした後だった。
「私がキスをしたら誠さんが目覚める……なんか、おとぎ話みたいですね」
「そうだな」
「今度は、唇と唇で、どうですか?」
などと言い終わらぬうちに、夢香はもう俺に顔を近づけていた。一応質問はしているが、誠から返ってくる答えなんて最初から決まってる。だから、待たなくていい。いつもの夢香らしい、強引で、でもどこかかわいい、俺に対する絆の確認の求め方だった。
「んむっ……はぅ……ん……」
大草原のど真ん中にいるからだろうか、時間がとてもゆっくり流れているような気がして、いつものように激しい絆の確認をしようとは思わなかった。それは夢香も同じで、代わりに時間がたっぷりある分、念入りで、部屋の隅の隅にあるほんのわずかなほこりをかき取るかのようにじっくりと、舌を絡めてその絆を強固に確認した。こうやって夢香とキスできるのも今日が最後だと思うと、なんだか名残惜しくなる。それでも今は、こうやって夢香と一体になれることが何よりもうれしくて、幸せだった。
「はっうっ……んうぅ……」
夢香の甘くとろけるような声を聞いているうち、だんだんと意識が遠くなり、次第に目の前の視界が明るさを失い始めた。そしてまた、俺は自分の意識の範囲で世界の状態を認識することができなくなってしまった。
再び目を覚ましたとき、俺はもう大草原にはいなかった。そこはいつもの白い空間で、俺が眠っているのもいつものベッドであった。すぐ目の前にいた夢香は起き上がり、俺の上にまたがっていた。まぁここまでは頻度的には少ないものの、過去に経験のあるシチュエーションだ。いつもと状態が異なっていたのはここから。夢香は、なぜか顔を赤らめ、髪を汗でしっとり濡らしながら荒い呼吸をしていた。目はうっとりしている。そして、いつも着ているセーターが俺たちの横に脱ぎ捨てられており、ブラウスの前ボタンがすべて開いていた。さらに、その下に着ていたであろうキャミソールと、上半身の特定の部位を保護するための下着がセーターの上に脱ぎ捨てられているではないか。ブラウスがうまく蓋をしていて、俺の位置から女の子の大切な部位は見えなかった。ここで、「いつもと何かが違う」ということに気付く。セーターの近くには、夢香が履いていたであろうタイツと、その下に着用されているべき下着までもが置かれている。そして、彼女のスカートによって完全に覆い隠された空間の中で、俺たちが特別なつながりをもっているような感覚と、その場所に昨夜俺が布に向かって行った「作業」の後に感じたのと同じ違和感がある。ただ寝ていただけのはずなのに、なぜか俺も汗をかいていて、すごくだるかった。それが「事後」であると判明した時、俺は瞬間的に青くなった。
「……えっ」