朝が来た。目が覚めて、それでもなお俺の心臓がどきどきと、正常でない高速な鼓動を打っているのがはっきりとわかった。今までにも何度か、夢の中で女の子と仲良くしたり、あるいは告白されたりして、目が覚めた後でそのどきどきが続くような感覚はあったが、今回のそれは自分にとってあまりに特別な女の子との再会で、まぁ言ってしまえば、昔俺が大好きだった女の子であって、彼女と夢の中で約五年ぶりの再会を果たしたわけだ。しかも今までの彼女との思い出を引き寄せれば、俺たちはまさか昔馴染みとも知らずにイチャコラしていて、昔かなわなかった「両想い」の関係に、知らない間になっていたと。もっとも、今の俺たちの関係が世間一般にいう「両想い」の関係かと言われると、おそらく違うだろう。だって俺たちはあくまで「絆」で結ばれただけの関係だから。しかし、その絆の力が世界中の誰よりも強固なものであるということは自信をもって言うことができる。それをもってすれば、俺たちはもしかするとあの時望んでいた関係よりも強く結ばれているのかもしれない、などと内心思ってしまう自分は、ちょっと話が違うのでは、などと考えたり。
しかし、同時にあの頃大好きだった彼女……夢香は、もう現実では生きていない。それがどういうことか、寝起きの頭で考えようとしたが、まるで想像もできない。ここ数年、俺の知り合い、ましてや俺と同い年の子が亡くなった、なんて情報は聞いたことがない。聞いていたとしたら、おそらく俺は激しくショックを受け、それが今の生活にも影響を与えていたに違いない。ましてや夢香は俺が昔大好きだった女の子だ。そんな彼女の訃報を実際に耳にしていたとしたら、きっと俺はその日のうちかあまり期間を置かずに彼女のあとを追いかけていたに違いない。というか、夢香の家族は俺の家族と仲が良く、夢香のお父さんと俺の父さんはあの事故の後もたまにお酒を飲む仲だったので、そういう情報は真っ先に俺たちのもとに入ってくるはずだと思っていた。謎だった。これほど仲が良かったのに、あの事故だけが原因で、交友をいとも簡単に断絶してしまうものなのだろうか。
学校に到着し、クラスメイトとあいさつを交わしていく。そのうち優も教室に入ってきた。
「おはよう、姫路くん」
「あぁ、おはよう、網干さん……」
自分でもわかるほどの声のトーンの低さにすぐ気付いた優は、俺に意味ありげな視線と笑みを送って自分の席に向かっていった。「夢香ちゃんと何かあったの?今日喫茶店で会ったときに詳しく聞いてあげるね」とでも伝えようとしていたことは、俺もすぐわかった。
喫茶店につき、いつものカウンター端の、優の隣の席に座る。朝の俺の勘は、まるっきりそのまま当たっていて、彼女は前振りもなしにいきなり尋ねてきた。
「昨日の夜、また夢香ちゃんと何かあった?」
「いや、大したことじゃないんだけど……実は、俺と夢香、昔幼馴染だったらしいんだわ。今日の未明に見た夢で、それが判明した」
「へぇ~、よかったじゃない!じゃあ、どうしてそんな浮かない顔しているの?」
「いや、すべてがあまりに突然で、どうも受け止めきれないんだよ。今までの話を総合すれば、夢香はもう生きていないと。それに、いざ五年ぶりに再会したとなると、これからどんな風に接したらいいのかわからなくなって、夢香と話したいこといっぱいあるのに、なんかいろいろ考えてしまって、本当にこういう接し方でいいのかって、わからなくなって……」
「……」
このように話している最中にも、俺の頭の中はぐるぐると意味の分からない何かが渦巻き、混乱して、なぜだろう、涙も出てきた。
「……とりあえず、コーヒー飲もっ」
優はそれだけ言って、ちょうどマスターが持ってきたコーヒーを、少し俺のほうに引き寄せてくれた。
「夢香ちゃんは、きっと今までと同じ関係を望んでいると思うよ。今まであれほど深い関係を築いたのに、二人が昔幼馴染だったというだけでそれが変わってしまうなんてことは、ないと思うけどな。少なくとも私は、昔馴染みだったという事実を内心喜びながら、今まで通り接すると思う」
「その「内心喜ぶ」のところが問題なんだよな……俺も内心うれしい。きっと夢香もとてもうれしかったと思う。でも、お互いの「うれしい」のベクトルが少し違っていたとしたら、その時点で接し方がわずかながら変わってくると思うんだよな」
「そんなに、心配することかな? だって、誠くんと夢香ちゃんって、強い絆の関係で結ばれていると、自信をもって言えるんだよね?」
「うん」
「お互いの思いは通じ合っていると、思ってる?」
「う、うん」
「なら、それほど気にすることでもないんじゃない? 今でも誠くんがすごく不安なのは、表情を見ていればすぐわかる。でも、とりあえず自分の思うがままに過ごしてみたらいいよ。結果は、私にはわかる」
「で、でも……」
「わかるよ。……わかっちゃうんだな~、これが」
「なんでそんなに自信ありげなんだよ?」
「私にもわかんない。言ってみればこれは私の直感。でも、その直感が教えてくれるんだよ、誠と夢香ちゃんは絶対うまくいく、って。仮に今夜うまくいかなかったとしても、それは必ず時間が解決してくれる、って」
優の自信と愛情に満ちた表情を見ていると、不思議なことに自分の中から不安要素がすべて吹き飛び、代わりに自信と安心感でいっぱいになった。それは形だけのものではなく、確かな中身を持ったものだった。
「……ありがとう。優に話を聞いてもらったら、だいぶ落ち着いてきた。なんか俺、大丈夫そうな気がしてきた。頑張ってみるよ。ありがとう」
「いえいえ」
それだけ言葉を交わしてからは、またいつも通りの雑談と宿題の消化で喫茶店での時間を過ごした。
その日の夜、俺は夢の世界へ迎えられた。まぁ正直なところ気まずくて顔を合わせにくい。しかし、いつまでも顔を合わせないのであれば彼女のことを不幸にしてしまう。自分の気持ちに素直になって、あくまでいつも通りで、うん、いつも通り。
しかし、どうやらあまり緊張しすぎる必要もなかったようだ。
目を覚ますと、仰向けになった俺の上に夢香がうつぶせで覆いかぶさっていた。この光景も何度も経験しているので、今さら顔を赤らめる必要もないのだが、やはり今回ばかりは少しだけ意識してしまう。夢香は俺の顔を手で優しく撫でながら言った。
「誠さん……お会いできて、すごくうれしいです。今日もたくさん、お話しましょうね」
夢香は、まるで昨夜の出来事など忘れてしまったかのように、究極の可愛さで俺に接してきてくれた。夢香も昨夜の出来事を気にしてあたふたするのではないか、と想像していた俺は拍子抜けしてしまって、
「……ふはっ」
思わず吹き出してしまった。
「誠さん?どうして急に笑うんですか?私の今の言葉、何かおかしかったですか?」
「いやいや、違うよ。昨日あんなことがあって、お互いそのことを気にして気まずくなるんじゃないか、とか勝手な心配してた。今の夢香の行動見てたら、俺のこの二十四時間の憂鬱な気分は何だったんだろうなって思って、思わず笑ってしまった。ごめん」
俺は頭をぽりぽりかきながら、変に引きつる頬を無理やり動かして作り笑いを見せた。夢香はうつ伏せをやめ、またがったまま俺の頭上の遠くに視線を置いて言った。
「私も、気にしていないと言えばうそになります。誠さんがここに来るまで、普段通り接しようか、それとも新たな事実を知った私の心の中を素直に表現するか、迷ってました。でも、きっと誠さんは昨日のことを気にするだろうし、それなら私が少しでもいつも通りに接してあげて、誠さんの心配を和らげることができたらと思って、前者を選択することにしました。私のほうこそ、先ほどの行動は演技でした。すみません」
「なんつーか、お互い様だな」
「はいっ」
すごくむずがゆい空気に耐えきれず、お互いくすくすと笑ってしまった。それから、今度は演技でも何でもなく、ごくごく自然な流れで俺たちは横になったまま抱き合い、唇をこすりあわせ、舌を絡めあった。
「俺、昨日のあの事実を少しばかりネガティブに受け止めてしまってたのかもしれない。でも、それは間違いなんだって、夢香が気付かせてくれた」
「昨日の事実は、私の絆をより強固にするものです。ネガティブなものは何もありません。安心して、いいんですよ」
それから俺たちはベッドに座ってしばしの談笑を楽しんだ。楽しくて幸せな時間は、今日もまたあっという間に過ぎ去って行った。
「誠さんに二つ、提案があります。一つは、もう言わなくてもいいことかもしれませんが、私の呼び名は、今までどおり「誠さん」「夢香」のままでいよう、ということです」
「そうだな。俺も無意識のうちに元の呼び名に戻ってたわ。なんつーか、こっちの方がしっくりくるのかもな。別に呼び名が変わることは不自然ではないし、俺も今まで通りの呼び方で賛成だ。で、もう一つは?」
「もう一つは、実は私には、あと二回分しか世界を移動させる力がありません。で、本当はいけないことなのですが、その二回を誠さんに捧げたいです」
「俺に?俺で、いいのか?少なくともあと一回分は他の人に使っても」
「誠さんに、捧げたいんです、二回とも……私、持てる力を全部振り絞って、誠さんを幸せな世界にお連れしたいです」
「質問なんだけど、その世界の移動って、例えば過去に移動するとか、いわゆるタイムスリップ的なことはできるのか?」
「残念ながらできません。移動のために用意されている世界は、すべて同じ時を刻んでいます。違うのは世界の仕組みだけです」
「そう、か……もし過去に移動できるのなら、短時間だけでもいいから、俺たちが仲良く過ごしていた頃を見てみたかった」
「私もそうしたい気持ちは山々なのですが……これがワールド・インターチェンジの、いや、この世界の、変えることのできない真実です。でも、私たちの過去を知るならいい方法がありますよ」
「それはなんだ?」
「アルバム、ですよ!たしか手元にいくらか昔のアルバムが残っていたはずなので、今度それを持ってきます。誠さんも、もし可能であればご家族の方からアルバムをお借りして、それを抱いて寝てください。そうすればここで見ることができます」
「それは良い案だな。俺も久しくアルバム見てないから、もしかしたら何か思い出せることがあるかもしれない」
次の日、俺は寝る前に部屋の押し入れを探索し、奥のほうに眠っていたアルバムをひっぱり出した。いかんせん奥の奥にしまいこんであって取りだすのが非常に面倒くさいので、夢香との新たな事実が判明してからもアルバムに手をのばす気にはなれなかった。しかし、今回はこれを使って夢香と楽しい時間を過ごすわけだ。用意しないわけにはいかない。二冊の分厚いアルバムを取りだしたときには、風呂上がりの手がほこりまみれになってしまった。
寝る前にほこりをはたきおとし、試しに中身をぱらぱらと見てみる。写真には俺やその家族、友人との写真もたくさんあったが、夢香と写った写真は一枚として存在しなかった。というか、明らかに夢香が写っていそうな場所に、不自然なすき間が存在していた。これはきっと俺がワールド・インターチェンジで夢香と出会うことがなければ一生気付くことがなかっただろう。この「不自然なすき間」は、夢の世界では何か別のように見えるかもしれない。そのような期待を胸に、俺は二冊のアルバムを抱きしめて眠りについた。ちょっと重たかった。
「……ううーん」
気が付くと、俺の隣にはにこにこ笑顔でこちらを見つめている夢香の姿があった。その手には、やはりアルバムがあった。彼女もまた、自らのアルバムを持ち出してこの世界に来ていた。夢香のアルバムは一冊だけだった。
「お待たせ。よし、じゃあ早速アルバムの見せ合い、始めるか」
「はい!」
俺たちは「せーの!」の掛け声で、同時にそれぞれのアルバムの一ページ目をめくった。
しかし、同時にあの頃大好きだった彼女……夢香は、もう現実では生きていない。それがどういうことか、寝起きの頭で考えようとしたが、まるで想像もできない。ここ数年、俺の知り合い、ましてや俺と同い年の子が亡くなった、なんて情報は聞いたことがない。聞いていたとしたら、おそらく俺は激しくショックを受け、それが今の生活にも影響を与えていたに違いない。ましてや夢香は俺が昔大好きだった女の子だ。そんな彼女の訃報を実際に耳にしていたとしたら、きっと俺はその日のうちかあまり期間を置かずに彼女のあとを追いかけていたに違いない。というか、夢香の家族は俺の家族と仲が良く、夢香のお父さんと俺の父さんはあの事故の後もたまにお酒を飲む仲だったので、そういう情報は真っ先に俺たちのもとに入ってくるはずだと思っていた。謎だった。これほど仲が良かったのに、あの事故だけが原因で、交友をいとも簡単に断絶してしまうものなのだろうか。
学校に到着し、クラスメイトとあいさつを交わしていく。そのうち優も教室に入ってきた。
「おはよう、姫路くん」
「あぁ、おはよう、網干さん……」
自分でもわかるほどの声のトーンの低さにすぐ気付いた優は、俺に意味ありげな視線と笑みを送って自分の席に向かっていった。「夢香ちゃんと何かあったの?今日喫茶店で会ったときに詳しく聞いてあげるね」とでも伝えようとしていたことは、俺もすぐわかった。
喫茶店につき、いつものカウンター端の、優の隣の席に座る。朝の俺の勘は、まるっきりそのまま当たっていて、彼女は前振りもなしにいきなり尋ねてきた。
「昨日の夜、また夢香ちゃんと何かあった?」
「いや、大したことじゃないんだけど……実は、俺と夢香、昔幼馴染だったらしいんだわ。今日の未明に見た夢で、それが判明した」
「へぇ~、よかったじゃない!じゃあ、どうしてそんな浮かない顔しているの?」
「いや、すべてがあまりに突然で、どうも受け止めきれないんだよ。今までの話を総合すれば、夢香はもう生きていないと。それに、いざ五年ぶりに再会したとなると、これからどんな風に接したらいいのかわからなくなって、夢香と話したいこといっぱいあるのに、なんかいろいろ考えてしまって、本当にこういう接し方でいいのかって、わからなくなって……」
「……」
このように話している最中にも、俺の頭の中はぐるぐると意味の分からない何かが渦巻き、混乱して、なぜだろう、涙も出てきた。
「……とりあえず、コーヒー飲もっ」
優はそれだけ言って、ちょうどマスターが持ってきたコーヒーを、少し俺のほうに引き寄せてくれた。
「夢香ちゃんは、きっと今までと同じ関係を望んでいると思うよ。今まであれほど深い関係を築いたのに、二人が昔幼馴染だったというだけでそれが変わってしまうなんてことは、ないと思うけどな。少なくとも私は、昔馴染みだったという事実を内心喜びながら、今まで通り接すると思う」
「その「内心喜ぶ」のところが問題なんだよな……俺も内心うれしい。きっと夢香もとてもうれしかったと思う。でも、お互いの「うれしい」のベクトルが少し違っていたとしたら、その時点で接し方がわずかながら変わってくると思うんだよな」
「そんなに、心配することかな? だって、誠くんと夢香ちゃんって、強い絆の関係で結ばれていると、自信をもって言えるんだよね?」
「うん」
「お互いの思いは通じ合っていると、思ってる?」
「う、うん」
「なら、それほど気にすることでもないんじゃない? 今でも誠くんがすごく不安なのは、表情を見ていればすぐわかる。でも、とりあえず自分の思うがままに過ごしてみたらいいよ。結果は、私にはわかる」
「で、でも……」
「わかるよ。……わかっちゃうんだな~、これが」
「なんでそんなに自信ありげなんだよ?」
「私にもわかんない。言ってみればこれは私の直感。でも、その直感が教えてくれるんだよ、誠と夢香ちゃんは絶対うまくいく、って。仮に今夜うまくいかなかったとしても、それは必ず時間が解決してくれる、って」
優の自信と愛情に満ちた表情を見ていると、不思議なことに自分の中から不安要素がすべて吹き飛び、代わりに自信と安心感でいっぱいになった。それは形だけのものではなく、確かな中身を持ったものだった。
「……ありがとう。優に話を聞いてもらったら、だいぶ落ち着いてきた。なんか俺、大丈夫そうな気がしてきた。頑張ってみるよ。ありがとう」
「いえいえ」
それだけ言葉を交わしてからは、またいつも通りの雑談と宿題の消化で喫茶店での時間を過ごした。
その日の夜、俺は夢の世界へ迎えられた。まぁ正直なところ気まずくて顔を合わせにくい。しかし、いつまでも顔を合わせないのであれば彼女のことを不幸にしてしまう。自分の気持ちに素直になって、あくまでいつも通りで、うん、いつも通り。
しかし、どうやらあまり緊張しすぎる必要もなかったようだ。
目を覚ますと、仰向けになった俺の上に夢香がうつぶせで覆いかぶさっていた。この光景も何度も経験しているので、今さら顔を赤らめる必要もないのだが、やはり今回ばかりは少しだけ意識してしまう。夢香は俺の顔を手で優しく撫でながら言った。
「誠さん……お会いできて、すごくうれしいです。今日もたくさん、お話しましょうね」
夢香は、まるで昨夜の出来事など忘れてしまったかのように、究極の可愛さで俺に接してきてくれた。夢香も昨夜の出来事を気にしてあたふたするのではないか、と想像していた俺は拍子抜けしてしまって、
「……ふはっ」
思わず吹き出してしまった。
「誠さん?どうして急に笑うんですか?私の今の言葉、何かおかしかったですか?」
「いやいや、違うよ。昨日あんなことがあって、お互いそのことを気にして気まずくなるんじゃないか、とか勝手な心配してた。今の夢香の行動見てたら、俺のこの二十四時間の憂鬱な気分は何だったんだろうなって思って、思わず笑ってしまった。ごめん」
俺は頭をぽりぽりかきながら、変に引きつる頬を無理やり動かして作り笑いを見せた。夢香はうつ伏せをやめ、またがったまま俺の頭上の遠くに視線を置いて言った。
「私も、気にしていないと言えばうそになります。誠さんがここに来るまで、普段通り接しようか、それとも新たな事実を知った私の心の中を素直に表現するか、迷ってました。でも、きっと誠さんは昨日のことを気にするだろうし、それなら私が少しでもいつも通りに接してあげて、誠さんの心配を和らげることができたらと思って、前者を選択することにしました。私のほうこそ、先ほどの行動は演技でした。すみません」
「なんつーか、お互い様だな」
「はいっ」
すごくむずがゆい空気に耐えきれず、お互いくすくすと笑ってしまった。それから、今度は演技でも何でもなく、ごくごく自然な流れで俺たちは横になったまま抱き合い、唇をこすりあわせ、舌を絡めあった。
「俺、昨日のあの事実を少しばかりネガティブに受け止めてしまってたのかもしれない。でも、それは間違いなんだって、夢香が気付かせてくれた」
「昨日の事実は、私の絆をより強固にするものです。ネガティブなものは何もありません。安心して、いいんですよ」
それから俺たちはベッドに座ってしばしの談笑を楽しんだ。楽しくて幸せな時間は、今日もまたあっという間に過ぎ去って行った。
「誠さんに二つ、提案があります。一つは、もう言わなくてもいいことかもしれませんが、私の呼び名は、今までどおり「誠さん」「夢香」のままでいよう、ということです」
「そうだな。俺も無意識のうちに元の呼び名に戻ってたわ。なんつーか、こっちの方がしっくりくるのかもな。別に呼び名が変わることは不自然ではないし、俺も今まで通りの呼び方で賛成だ。で、もう一つは?」
「もう一つは、実は私には、あと二回分しか世界を移動させる力がありません。で、本当はいけないことなのですが、その二回を誠さんに捧げたいです」
「俺に?俺で、いいのか?少なくともあと一回分は他の人に使っても」
「誠さんに、捧げたいんです、二回とも……私、持てる力を全部振り絞って、誠さんを幸せな世界にお連れしたいです」
「質問なんだけど、その世界の移動って、例えば過去に移動するとか、いわゆるタイムスリップ的なことはできるのか?」
「残念ながらできません。移動のために用意されている世界は、すべて同じ時を刻んでいます。違うのは世界の仕組みだけです」
「そう、か……もし過去に移動できるのなら、短時間だけでもいいから、俺たちが仲良く過ごしていた頃を見てみたかった」
「私もそうしたい気持ちは山々なのですが……これがワールド・インターチェンジの、いや、この世界の、変えることのできない真実です。でも、私たちの過去を知るならいい方法がありますよ」
「それはなんだ?」
「アルバム、ですよ!たしか手元にいくらか昔のアルバムが残っていたはずなので、今度それを持ってきます。誠さんも、もし可能であればご家族の方からアルバムをお借りして、それを抱いて寝てください。そうすればここで見ることができます」
「それは良い案だな。俺も久しくアルバム見てないから、もしかしたら何か思い出せることがあるかもしれない」
次の日、俺は寝る前に部屋の押し入れを探索し、奥のほうに眠っていたアルバムをひっぱり出した。いかんせん奥の奥にしまいこんであって取りだすのが非常に面倒くさいので、夢香との新たな事実が判明してからもアルバムに手をのばす気にはなれなかった。しかし、今回はこれを使って夢香と楽しい時間を過ごすわけだ。用意しないわけにはいかない。二冊の分厚いアルバムを取りだしたときには、風呂上がりの手がほこりまみれになってしまった。
寝る前にほこりをはたきおとし、試しに中身をぱらぱらと見てみる。写真には俺やその家族、友人との写真もたくさんあったが、夢香と写った写真は一枚として存在しなかった。というか、明らかに夢香が写っていそうな場所に、不自然なすき間が存在していた。これはきっと俺がワールド・インターチェンジで夢香と出会うことがなければ一生気付くことがなかっただろう。この「不自然なすき間」は、夢の世界では何か別のように見えるかもしれない。そのような期待を胸に、俺は二冊のアルバムを抱きしめて眠りについた。ちょっと重たかった。
「……ううーん」
気が付くと、俺の隣にはにこにこ笑顔でこちらを見つめている夢香の姿があった。その手には、やはりアルバムがあった。彼女もまた、自らのアルバムを持ち出してこの世界に来ていた。夢香のアルバムは一冊だけだった。
「お待たせ。よし、じゃあ早速アルバムの見せ合い、始めるか」
「はい!」
俺たちは「せーの!」の掛け声で、同時にそれぞれのアルバムの一ページ目をめくった。