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【自作小説】ワールド・インターチェンジ「第9話 自分の気持ちに素直になること」

「誠くんは、誰かとお付き合いしたことってある?」
「ないよ。特に中学二年の頃にはもうこんな性格だったから、付き合うどころか、女子を好きになる気持ちすら起こらなかった。優は? ……って、聞かなくてもわかるか」
「そうね。私は中学の時は今みたいにみんなに囲まれてたから、誰かとお付き合いしようものなら壮絶ないじめが待っていたからね。小学校の時はそういうことはなかったけれど、その時は誰かを好きになること自体がなかったかな」
「中学の時から俺に会う前にかけてさ、なんかこう、人を好きになる気持ちっていうか、誰かを好きになったことってある? 答えたくなかったら言わなくていいけど」
「ない、って言ったら嘘になるかな。でも、少しでもいじめられないように、少しでも自分をよく見せよう、って気持ちが強くて、それが私のあらゆる気持ちを押し殺していたっていうか、そのせいで、学校以外の場所でも自分の気持ちを素直に表現できなくなって」
しばし沈黙。俺は相槌を打ちながら、優の言葉を自分の中で自分にわかる形に噛み砕いていた。優が続ける。
「でもね、最近変わったことがあるんだ。私ね、みんなの前でニコニコしてるし、ついさっき誠くんと話してた時もニコニコしてたでしょ? 誠くんには同じ笑顔に見えたかもしれないけれど、私には違うように感じた。なんだろう、みんなの前の笑顔は顔だけが動いているような感覚なんだけど、喫茶店で私が言いたいことを包み隠さず言った時の笑顔って、体の中から何かうずうずしたものがこみ上げてきて、意識しなくても自然に顔が動いちゃうっていうのかな。それで、少しだけわかった気がした。私、こういう場所ではちゃんと、自分の気持ちを素直に表現できているんだなあって。自分の思ったことを、加工せずにそのまま相手にちゃんと伝えられているんだなあ、って思った」
「実はさ、俺にもわかってた。喫茶店の中での優、心の底から明るかった。学校での優は、周りの奴らからすれば明るく見えるのかもしれないけど、俺には表面的な明るさにしか見えなかった。自分の気持ちを素直に表現できなくなる前の優のことは知らないけど、少なくとも俺には、今の、この夕方のひとときの優が、本物に見える」

「ずいぶん、暗くなったね」
「そうだな……」
気がつくともう夕暮れ時となり、東のほうからは夜が迫りつつあった。ここは山にも近い場所だし、さすがにこれ以上ここで話をするのは危ないだろう。
「そろそろ帰るか」
「うん……」
優は、何か言い残したような返事をして立ち上がった。俺も荷物の支度をして立ちあがる。彼女は俺の少し前を歩いて、公園の出口を目指した。
二、三歩歩いたところで、突然優が足を止め、こちらを振り返った。
「もう一回、聞いてもいい? 今の私って、自分の気持ちを素直に表現できてる?」
質問の意図はよくわからなかったが、俺は確信を持って答えることができた。
「もちろんだ」
「私がどんなことを包み隠さず言っても、誠くんは私のことを裏切ったりしない?」
「優が俺のことを裏切ったりしない限り、それはない」
「じゃあ言うね。私ね……今まで誠くんには普通に接してきたけれど……少なくともそうしてきたつもりだけれど……本当はね?」

「あなたのことが好きです」

俺は完全に硬直してしまった。裏切られたとか、そう言う意味での硬直ではないことは確かだが……うそだろ……あの優が、あのクラスでアイドル扱いされていて、みんなの人気者として扱われている優が、まさか俺に、あの日まで一度も話したこともなかったこの姫路誠に、そんな思いを抱いていたなんて……俺はすぐにこれを現実だと受け止めることができなかった。と同時に、どうして自分は彼女の思いに少しでも気付くことができなかったのか、と、出処のわからない罪悪感も感じていた。彼女が続ける。
「誠くんが私のことをみんなとは違う目で見てくれていたことに気付いた時から、もう好きになっていたのかもしれない。でも初めの頃は私たちは話したこともなかったし、そんな状況でこの思いをどうすればいいのかわからなくて、いつもの私みたいに自分の気持ちを押し殺してきた。それに、今の私が誰かとお付き合いなんてしたら、もう結果は見えてたし、いじめられたくないって気持ちが強くて、余計にこの気持ちを強く押しとどめた。ある時、勇気を振り絞って誠くんに話しかけて、それからこういう関係になってからも、この気持ちをすぐに伝えたら誠くんが私のことを嫌いになっちゃうんじゃないかって思って、ずっと押し殺してきた。でも、そのせいかな、二人で会えば会うほど、だんだん誠くんの存在が遠くに感じられるようになって、もしかして、このままどこかへ行っちゃうんじゃないかって……それで、私の唯一の心のよりどころも失って、どうしようもできなくなっちゃうんじゃないかって思って……」
彼女の体は震えていて、うつむいたまま俺と目を合わせられずにいた。優は今、俺に対する素直な気持ちを包み隠さずすべて話してくれた。それは、とても勇気のいる行動だったと思う。俺が優だったとして、同じ行動をとることができるかと言われると、すぐに肯定することはできないであろう。俺は、そんな彼女の勇気ある行動に何か応えてあげたいと思った。俺にできることはなんだろう。
俺はまず、優の手を握ることにした。いつか優が俺にしてくれたように。彼女の手をそっととり、両手で包み込む。手が触れると、優は一瞬驚いたようにピクッと動いた。しばらく握っているうちに、なぜあの時優が俺の手を握ってくれたのか、なんとなくわかってきたような気がした。手と手が触れあっていると、人間ってこんなにも素直になれるんだな、と思った。少し照れ臭い、少し恥ずかしい、でも伝えたい。あと一歩の勇気が、手をつなぐことで出てくるような感覚だ。俺は自分の気持ちに素直になり、彼女に伝える必要があった。
「ごめん……俺、優が自分の気持ちを素直に表現できていた最近でも、俺に対する気持ちってのを未だに出せていなかったことに気付けなかった。これじゃあ俺、クラスの他の連中と一緒だな……」
「そんなことないよ。私、誠くんにこの気持ちを気付かれて、離れていっちゃうのが怖かったから、今までで一番強く、自分の感情を押し殺してきた。正直に言うとね、つらかった。毎晩苦しくて、わけの分からない涙が出ることもあった。でもね、今こうやって自分の気持ちを伝えたら、すごく楽になった。私の気持ち、聞いてくれてありがとね」
「こちらこそ、素直な気持ち、聞かせてくれてありがとう。返事、しないといけないな」
「うん。私、どんな返事でもしっかり受け止めるよ。誠くんの素直な気持ち、聞かせて?」
つい先ほど、優に服をつかまれたときから、いやもっと前、優と喫茶店に通い始めた頃からかすかに感じていたもやもやした気持ちの正体が、ようやくわかった。それもはっきりと、百パーセントの自信をもって。俺は、たった今はっきりとわかったこの気持ちを、ちゃんと優に伝える必要があった。
俺はゆっくりうなずき、一度深呼吸をしてから、
「すきだよ」
そう言って、
「……」
強く抱きしめた。これが今の俺にできる、最も素直な、心からの思いだった。優は俺の肩のあたりに顔をうずめていた。彼女の鼻息が首筋にかけてふぅ、ふぅ、と吹きかかる。それは次第に震えだし、鼻をすするような音も加わった。しばらくして、俺たちは手を握り合ったままゆっくりと離れる。
「……気持ち、教えてくれて、ありがと……」
優は、俺をじっと見つめて泣いていた。こんな俺をかばう言い訳にしかならないかもしれないが、それは俺に突然抱きつかれたのが嫌だったという意味の涙ではなかったと思う。俺からのありったけの気持ちをすべて受け止めようとするあまり、感情のメーターが振り切れてしまったのだろう。俺がこの全身で彼女に送り届けた気持ちは、彼女にとってはあまりに大きく、この短時間で受け止めるのは不可能なのかもしれない。しかし、俺の中にあったこの気持ちを分割して届けていては、本当の俺の気持ちは届かないと感じ、少々手荒ながら抱きしめる、またの名をハグという手段によって、まるで静脈注射をするがごとく直接的に送り届けた。
「ねぇ誠くん、いきなりかもしれないけれど……してもいい?」
「……うん」
それが何を意味する言葉だったのか、思いが通じ合っていたこの時の俺にはすぐにわかった。優が目をつむり、ゆっくりと顔をこちらに近づけてくるのを見て、俺は「いくしかない」と決めた。俺は優の肩に手をそえ、ゆっくりとこちらからも顔を近づけ、俺たちの気持ちが完全に同期する瞬間を待っていた。ガラスが割れたのは、その時だった。
突然、優が顔を近づけるのをやめ、公園の出口の方を振り向いた。俺は突然の優の行動に驚きながらも、彼女の視線の先に目を向ける。それからもう一度彼女の顔を見て、俺はそのすべてを悟ることができてしまった。彼女は、まるで鈍器で殴られたかのように硬直し、目を大きく見開いて、震えていた。俺は改めて、その視線の方向に目を向ける。
「あたしたち、見ちゃったよね?」
「うん、見ちゃった。優ちゃんと根暗が抱き合って、そのうえキスしようとしていたのを」
「いや、あれはもうしちゃってたんじゃない?」
「いやぁ、あれはギリギリしてないんじゃないかな」
根暗とは失礼な。まぁ、あながち間違ってはいないので何とも言えないが。そこにいたのは、あろうことか、同じクラスの女子だった。俺が嫌うようなブスではなく、普通に可愛い女子だと思う。学校での彼女たちについては、興味がないので知らない。しかし、優の表情からして、おそらく彼女にとっては苦手な相手だったのだろう。それはそうと、なぜこんな人通りの少ない場所にいる? しかも今は夏休み中である。ほんのわずかな生徒の通りすらなくなるだろうと、心の中では思っていた。彼女たちは部活をしていたのだろうか? こんな悪い偶然が重なることがあり得るのだろうか。
「どっちにしろ、これって……いけないよね?」
「うん、いけないよね。この写真、明日みんなに見せないとね……」
彼女たちはそう言いながら立ち去っていった。それは、わずか三十秒ほどの間のことだった。
二人が立ち去ってから、俺たちの先ほどの行為が取り返しのつかないことに発展しようとしていることに気付いた。その瞬間、俺の全身は震え、絞り出すように冷や汗が出てきた。そしてなぜだろう、急に涙も出てきた。情けない。なんでなんだ。悪いのは俺なのに。もしあの時、もう少し早く女子二人組の存在に気付き、振りほどいていたら……もしあの時、俺が勢いで抱きついたりしなかったら……もしあの時、返事を渋っていたら……しかし、そう思えば思うほど、涙は勢いを増した。それらの行為が、彼女を遠ざける行為になるからだ。
優が、俺の手を改めてそっと握ってくれた。
「誠くんは、悪くないよ。誠くんは、正しいことをしたんだよ。誰も悪くないよ……」
彼女の目には、涙が浮かんでいた。先ほどの涙とはわけが違っていた。俺の涙とも違うことがわかった。しかし、それが何を意味するものかまでは、悔しいことにこの時の俺にはわからなかった。
「「人を好きになる」って、いけないことなのかな……?」
優がつぶやいたその言葉に、俺は答えることができなかった。

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