スキップしてメイン コンテンツに移動

【自作小説】ワールド・インターチェンジ「第5話 世界の干渉」

「……さん! ……誠さん! 誠さん!! わかりますか!?」
「うっ……うーん」
気がつくと、俺は真っ白い空間の中に置かれたベッドで眠っていた。感触からして、自分の部屋のベッドではないらしい。壁や天井までもが真っ白、まぶしさで目が締め付けられるような刺激を受ける。
左側にはソファがある。そして、目の前には、美少女が抱きついていた。
「あ、気がつきました! よかった~……」
よく見ると、その少女は俺がいつか出会った、インターチェンジこと竜野夢香だった。彼女は前と同じ、制服チックな姿をしていた。髪は相変わらずウェーブがかかっており、横たわる俺に覆いかぶさるような格好のため、さらさらの髪が俺の首筋あたりをくすぐった。彼女の手は俺の耳の下あたりを、そっとなでるようにさすっていた。温かくてすべすべの、優しい手だった。セーターのちくちくした感触も頬に感じられた。
「……」
なぜだろう。この前の俺なら彼女の姿、行為そのすべてにきゅんきゅんし、萌え萌えして、軽く鼻血を噴き出すぐらいしているはずなのだが、今はそんな気は起こらない。そのかわり、胸の中にとても熱く、チリチリとした何かが渦巻いていて、体の中心部がむずがゆくなるような感触を味わっていた。それが何かは分からない。しかし、彼女にこうやって抱きつかれていることがその原因であるということはなんとなくわかった。顔が火照るような熱い感触にそろそろうなされそうになったとき、俺は一つの異変に気付いた。
「うっ……うっ……」
彼女が、突然泣き出した。か弱い声で嗚咽を漏らしながら、静かに涙を流していた。その涙は次第に目の中だけにはとどまれなくなり、こぼれ落ちた。それが、俺の頬を冷たく濡らし、流れ落ちて一筋の軌跡を俺に残した。そしてまた涙がこぼれてくる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
俺は戸惑った。なぜ彼女が突然泣き出したのか、そして、なぜ俺に謝るのか。俺はどうすればいいかわからなかった。わからなくて、わけが分からなくなって……少女の頭にそっと手を乗せ、ゆっくり髪にそって一方向になでた。そうすると、彼女はさらに強く泣き出したものだから、
「ご、ごめん」
俺まで謝ってしまったじゃないか。
数分後、ようやく落ち着いた彼女は、涙をこすりながら言った。
「ごめんなさい、急に泣き出して。その、さっきはなでてくれて……うれしかったです」
「女の子が泣いていたら、助けたくなるのが男の道理ってもんだろう?」
「それって……下心ありですか?」
「まぁ、あり、かな」
「もう」
そうやって、静かな会話をしているうち、どちらからというわけでもなく突然吹き出してしまい、お互いくすくすと笑い出した。
「やっぱり、笑顔の君が一番だよ」
思わずノリでそんなことを口走ってしまった。彼女はきっと、変な目をしないでください!とか、下心丸見えです!とか言うのだと思っていた。しかし、違っていた。
「……ありがとうございます」
さらなる天使の微笑みで応えてくれた。
「あ、ごめんなさい。私、あなたの上にまたがったままでした。しかも、勝手に顔をさすったりしちゃってました……大丈夫でしたか? 重くなかったですか?」
「あぁ、大丈夫だよ」
と、俺は軽やかに答える。珍しく下心のない、彼女にまっすぐ向き合って出てきた、素直な言葉だった。

俺はベッドから立ち上がり、少女と向かいあう形になって尋ねた。
「それで、なんで急に泣き出していたんだ?」
「以前、世界を移動することで干渉が起こることがあるかもしれない、ということをお話ししたと思います。実は、このワールド・インターチェンジはよくできていて、その干渉が起こると私たちに知らせてくれるんです。これは昼間でも作動して、干渉を受けた人とその人を移動させた人……つまりこの場合だとあなたと私がここに呼ばれます。ここで、その干渉を受け入れるか、さらに別の世界に移動するかをきいて、私たちが手続きを行うわけです」
「要するに、いつも夜にやっているあれの臨時版みたいなものか」
「そういうことになりますね。ちなみに行動している最中にここに来ると、その人は気を失って倒れたかのようなふるまいをします。ですから、現実のあなたも私も、今頃ここに来る直前までいた場所で倒れているはずです」
「ってことは、俺はさっき野球部の奴にボコボコにされたけど、それが干渉だったってことになるのか」
「そっ、そんなひどい目に遭っていたんですか!?」
 彼女は口を手で覆い隠すようにして驚きの表情を見せ、それから胸に手を当てて静かに言った。
「実は、干渉を受けた人のほとんどは、誠さんのようにひどい目に遭っています。だから、世界を移動したからこんな目にあったんだ! とか、なんでまた苦しい目にあわなくちゃならないんだ! とか、どうせ他の世界でも同じ目に遭うんだろう! とか、めちゃくちゃな暴言を浴びせられました。暴言だけならまだいい方で、殴られたり叩かれたり、蹴飛ばされたり、遠回しな言い方をすると、犯されそうになったこともありました」
「ひどいことをする奴らだな……」
「はい。だから今回も同じ目に遭うんじゃないかと思いました。対象が誠さんだとわかっていましたが、もしかして手のひらを返して牙を向けてくるんじゃないかと、思っていました」
「俺はそんなことしねぇよ」
「優しいんですね、誠さん。でも私、信じてました。久しぶりにこの場所での時間を楽しく過ごさせてくれた人だから、きっと怖いことはしないだろうって。どうせまた私のことを変な目で見て、面白い話の一つぐらいしてくれるんだろうって」
 彼女の声は震えていた。俺は少し声色を柔らかくして答えた。
「……そうだよ。俺はこの後、君のことを下心全開のまなざしで見つめながら、楽しくおしゃべりするつもりだったよ」
「優しい……ですね……誠……さん……」
 彼女はみるみるうちに表情をゆがめ、再び泣き出した。ゆっくりとこちらに近づき、目の前で立ち止まって、顔を俺の肩のあたりにうずめた。彼女の嗚咽と小刻みな震えが、俺にじかに伝わってくる。
 守りたい、と純粋に思った。そこに下心は存在しなかった。俺を信じ、俺を頼って泣きついている彼女の姿を見て、胸が強く締め付けられた。それは、下心や萌えによるもの以上に強いものだった。彼女の俺への信頼にこたえる形で、君のことを俺に守らせてほしい、と本気で思った。俺はそっと、彼女を包み込もうとした。
「だめ……ですよ、誠さん。私たち、そんな関係じゃないですよ。誤解されたらどうするんですか……それに、あなたには私なんかよりももっとふさわしい女の子がどこかにいるはずです。私のことはいいんですよ、守ろうなんて思わなくても……でも、誠さんは優しいから、そうやって私が言っても聞かないんでしょう?だから……」
 彼女は俺の手を取った。うずめていた顔を離し、俺の手を彼女の両手で包み込んだ。温かくて、小さくて、優しい、彼女の手。俺の手をしっかり握って彼女は言った。
「お気持ち、ありがたく受け取ります。これからも、もし会う機会があったら、どうかよろしくお願いしますね、誠さん」
「こちらこそ、よろしくな。えーっと……」
「夢香、でいいですよ。そう呼んでくれると……うれしいです」
「じゃあ……よろしくな、夢香」
「……はいっ」
 夢香は涙を目頭に残したまま、俺の言葉に全力でまばゆいばかりの微笑みで応えてくれた。彼女が見せたとびっきりの笑顔に、それまで抑えていた理性やらもやもややら、なんかいろいろすべてが爆発し、俺はその場に倒れこんでしまった。大丈夫ですか!という夢香の声が、遠くに聞こえた。
「それで、結局どうしますか?干渉が発生している以上、あの場に居続けていてはもっとひどい目に遭うかもしれませんよ」
「そうだな。なんというか、世界を移動した後の俺はちょっとスペックが高すぎたのかもしれない。友人が数人いて、楽しく話ができるぐらいでいいんだけどな」
「わかりました。次の世界ではその点を反映させておきますね。それでは、前と同じようにこちらのソファに座ってください」
 俺は言われたとおりソファに座る。この前と同じ、ふかふかで体全体をやさしく包み込むものである。
「あ、そういえばこの後面白い話をしようと思ってたんだけど、だめかな?」
「今は昼間です。私たちはどこかで気を失っていることになっています。あまりにも長く気を失い続けていると、たぶんいろいろな人に心配をかけると思いますよ。だから、その……夜にまた来てもらってもいいですか?」
「といっても、俺の方からここにくることはできないんだろう? それに平等一番だから、俺ばかり呼ぶのは良くないんじゃ?」
「大丈夫です! 今夜も一人、世界を移動させる予定です。でも、たいていの人は世界を移動するか聞くと即決してくれるので、夜の時間に結構余裕ができるんです。それに、平等が求められるのは世界の移動だけで、誰かとお話しする分には問題はないはずです。今夜の対象の人の移動が終わったら、あなたをまたここに呼び出したいと思います。それでいいですか?」
「あぁ、それでいいよ」
「わかりました。それじゃあ、こうやって話していても時間の無駄なので、早速始めますね。目をつむってください」
言われたとおりに目をつむる。この前と同じように、彼女は何もしゃべらず、何か手などを動かしながら世界を移動するための「手続き」を行っていた。そのうち、目の前がぐるぐる回りだし、全てがカオスの世界に飲み込まれた。それが再び実態を持って俺の意識できる領域に達した時、少し前の鈍痛とペンキの嫌なにおい、さらに消毒のアルコールのにおいが感じられた。

このブログの人気の投稿

【初心者VRDJ向け】とりあえず何すればいい?DJ練習できる場所ってあるの?【VRChat】

ここ最近、VRDJが急激に増加したなぁ、と実感しています。 かくいう私もDJキャリア自体は2020年7月にスタートしたものの、VRDJとしてのデビューは今年1月なので、「急激に増加した」うちの一人にカウントされると思います。 さて、あなたはVRChatでいくつかのDJイベントに参加し、そのプレイに魅了され、「自分もDJをやってみたい…!」と思ったとします。まずは機材の購入!ということで、勢いでDDJ-400あたりを購入することでしょう(※)。 「…で、機材買ったはいいけど、結局何をすればVRDJデビューできるんだ?」 そういえばVRDJのキャリアの始め方について解説した記事ってそんなにないよなぁ(あっても情報が古いよなぁ)、と思ったので、これまで私がVRDJをやってきた中で経験した・見聞きした情報をもとに、2022年8月現在の情報で「とりあえず何すればいい?」というところがざっくりわかる記事を書きたいと思います。 なお、私は前述の通りVRDJデビュー以前に1年半近くのDJキャリアがあったことや、「我流」でやった部分が少なくなかったこともあり、これから紹介するVRDJキャリアの歩み方をほとんどたどっていません(おい)。そのため、下記で紹介している内容は実際の初心者VRDJの多くが実際に通ってきたキャリアとは異なる箇所があるかもしれません。あくまで一つの例としてとらえていただき、フレンドの方と協力し合いながら楽しくVRDJライフを送っていただければと思います。 ※個人的にはこれから長くDJキャリアをやっていきたいとお考えなら、少し値は張りますがDDJ-800を購入することをおすすめしています。DDJ-400と比較してDDJ-800の優れているポイントを解説した動画を以前投稿しましたので、ご興味ございましたらぜひご覧ください。 手順0:VRDJのフレンドを増やす …いや手順1じゃないんかい!と思ったかもしれませんが、リアルDJにしてもVRDJにしても、まずは交友関係を広く持つことが重要だと思います。 いつもとアバターが違いますが左から2番目のちっこいのが私です VRDJキャリアを始めたばかりのあなたは、言ってみれば「VRDJ」という学校に転校してきた転入生です。芸能人が転校してきた!とかであれば交友関係を持たなくても人は集まるかも知れませんが、そのような極端な例でない限り

【特集】HeXaHedronの音響システムについて

 「HeXaHedron」は、私 廻音あじおがVRChat上で運営しているクラブワールドです。2022年10月のオープン以来、「Immersive Sound Experience」をメインコンセプトに、リアルクラブのような重低音・音圧を体験できる空間づくりを一貫して重視してきました。 2024年からはこれまで複数主宰してきたクラブイベントを「Sound Freeak」に統合するとともにVRCで主宰するすべてのイベントを「HeXaHedron」や「HeXaHedron」の音響ノウハウを活用したワールドで開催しているほか、先日5月8日には音響のこだわりを受け継ぎつつライティングを一新するなどビジュアル面を強化した「Ver.3.0」をリリースするなど、「Immersive Sound Experience」を軸とした「HeXaHedron」ブランドのさらなる向上に努めています。 ありがたいことに多くのDJ・来場者にご評価いただいており、レンタルでのご利用も増加している「HeXaHedron」の特長・魅力についてより広く知っていただくため、ここに「HeXaHedron」の音響システムについて解説します。 なお、以下で解説する内容の一部は2023年11月に配信された「たまごまご」さんのライブ「VRDJに聴く!」でもお話しています。この配信では私の主宰イベント「Channel CUEration(現 Sound Freeak)」や私のDJ・VRDJの経歴等もトークしていますので、ぜひアーカイブを併せてご覧ください! 解説の前に:VRクラブで音響にこだわる意味 最近でこそ音響にこだわったVRクラブワールドはかなり増えましたが、「HeXaHedron」をリリースした2022年ごろはそういったワールドは希少で、そのワールドで開催されるすべてのイベントで配信リレーの仕組みを使ったリアルタイム音響調整の運用を行っていたのは私の知る限りHeXaHedronが唯一でした。 VRクラブでこれまで音響が重視されてこなかった背景として、Unity・VRC SDK等の技術的制約はもとより、プレイヤーによる聴取環境の違いが関係していたのではないかと推察しています。 リアルクラブにおいては一つの空間に人が集まるので、当然ながらクラブにいるすべての人が同じ条件で音を聴くことになります。一方、VRクラブや

【開封レビュー】ドスパラノートPC「Altair VH-AD」

今回はドスパラの激安ノートPC「Altair VH-AD」(以下、Altair)を購入しましたので、ファーストインプレッションをお送りします。 私は現在、大学の学科指定の実習用PCとしてMacBook Airを使用していますが、2013年に購入してもらってから3年弱使用し続け、徐々にバッテリーの劣化によるバッテリー持続時間の減少が気になってきていました。また、私は 大学院への進学 を目指しており、4年生に上がる前のこの機会に心機一転ノートPCを一新して気合を入れようと考えました。 当初はマウスコンピューターの法人向けブランド「MousePro」の13.3型ノートPCを購入する予定でした(本来は法人ユーザーしか購入できませんが、私の通っている大学では大学生協を通じて注文することで、各社の法人向けPCを購入することができるそうです)。しかし、機種の最終選定を行っていた1月8日、突然ドスパラから税込3万円未満の激安ノートPCが発売されました。とはいえ、私はドスパラのノートPC・タブレットで何度も買い物を失敗しており、今回も「どうせ安かろう、悪かろうだろう」と思い、すぐの購入は躊躇しました。しかし、デザインやインタフェースなど、魅力的な点もないわけではなく、さらに私が検討していたMouseProのノートPCのCPUの性能がドスパラの激安ノートPCよりわずかしか上回っていないことがweb上に掲載されているベンチマークの結果から判明し、「使用用途的にもそこまで性能は必要ないし、性能がほぼ同じならより安いほうがいいだろう。もしまた購入に失敗しても3万円未満であればあきらめがつくし」ということで、購入を決意しました。今回は購入にあたって売却したものはありませんが、下取りサービス(PC(壊れていても欠品があってもOK)を無料で引き取り、購入価格から1,000円値引いてくれるサービス)を利用し、いろいろあって売却不可能になったWindowsタブレット「DG-D08IWB」を出すことにしました。普通に買い取りに出そうとしても値がつかない商品を実質1,000円で買い取ってくれると考えれば、動かないものを手元に放置するよりかはマシでしょう。 それではさっそく開封していきましょう!なお、私は以前ノートPCとしてドスパラの「Critea DX4 with Bing」(以下、Critea