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【自作小説】ワールド・インターチェンジ「第6話 危機一髪」

俺は保健室で眠っていた。確か校舎裏の薄暗いところでボコボコにされて、その直後に夢香に呼び出されたのだから、あの場所で気を失ったままだったはず。ということは、誰かが俺に気付いて保健室に連れてきてくれたのだろう。周囲はカーテンに閉ざされていて、夕日で淡いオレンジに染まっていた。もうそんな時間か。左側に首を振ると、自分がさっきまで着ていたであろう制服とズボンが洗って干されていた。上に着ていたYシャツは大部分が真っ赤に染まったままで、とても今後着られそうにはない。ズボンは黒色のため、汚れはあまり目立たなかった。自分の体を見ると、体操服に着替えられていた。誰かが着せてくれたのだろうか。手の甲や腕には、まだペンキの色が残っていて、事の重大さを物語っているようだった。
俺はゆっくり起き上がろうとする。しかし、腹部が疼いてうまく起き上がれない。手の力を借りて何とか起き上がれた時、保健室のドアが開く音がした。足音がこちらに近づき、俺を外界から遮断していたカーテンが開かれる。やってきたのは担任の先生とクラス代表、それと俺を運んだか身を案じてきてくれたか、あるいはただ単に興味本位で来ただけかのクラスメイト数人だった。まずはクラス代表が話しかけてくる。
「なんか、見る限りすごいことになってるけど、大丈夫?」
「あぁ、腹がめちゃくちゃ痛いことを除けば大したことはないよ。たぶん歩いて帰れそうだ。悪いな、心配かけて」
「いいよ。とにかく無事でよかった」
 皆が俺の無事を知り、安堵の表情を浮かべていた。先生が言う。
「君を殴ったの、野球部のあいつだったんだってな?君がペンキをかけられてどこかに連れて行かれる様子を見ていた人がいてね、こっそりついて行ったらボコボコにされる様子を目の当たりにして、それで慌てて先生に言いに来てくれたそうだ。先生たちも最初は信じられなかった。なんであの野球部がそんなことするんだって。とりあえず君をここに連れてきてから、念のため彼に事情を聞こうとした。そしたら向こうの方から自首しに来たものだから、それはそれはびっくりしたよ。いろいろ聞いたら、今までにも君に嫌がらせをしていたことも話していた。これは明らかに事件に相当するから、ということで、さっき生徒指導部長のところに連れて行ったよ」
「そうなんですか……」
 先生の話を聞いて、俺はボコボコにされた後の手続きにより、再び世界を移動した、ということを半ば確信することができた。これまでの世界なら、きっと先生は例の野球部員が俺をボコボコにしているということを聞いたとしても、無視するか、俺が野球部員をボコボコにしているの間違いだろう、などと言って相手にしなかっただろう。彼も自首せず、俺をめちゃめちゃにした快感に浸りながら、さぞ楽しい毎日を送っていたことだろう。あるいは数日後、さらにひどいことをしてきたかもしれない。そう思うと、あの危機一髪の状況で俺を引っ張り上げてくれた夢香には、本当に感謝したい。
 お見舞い(?)に来てくれたクラスの子たちとしばらく談笑した後、先生の「そろそろ帰れよ。姫路、一人で帰れそうか?」の声で解散した。ベッドからゆっくり立ち上がる。幸い歩いたり、自転車に乗ったりする分には全く支障はなさそうだった。みんなに続いて俺も先生にあいさつをし、学校を出た。
 家に帰ってから、俺は後で問題がややこしくなるのを避けるため、親にありのままを話すことにした。母さんはとても心配そうな表情を一瞬浮かべたが、学校で何があったの!! とか、最近異変なかった!? などと根掘り葉掘り聞いては来ず、「部屋でゆっくり休みなさい」とだけ言った。俺は夕食を食べた後、少しだけ早めに風呂に入り、一応宿題も手早くやって、少し早めに寝た。今思えば、あれだけ強く、何度も蹴られたのに、歩いて帰れたのは奇跡に近いのかもしれない。内臓が破裂していないといいが。

 ふと目を覚ますと、俺はつい十二時間ほど前までいた白い空間に再び姿を現していた。やはりいつものようにベッドに眠っている状態から始まる。
 起き上がろうとすると、左手に違和感を覚えた。そちらを見ると、夢香が俺の左手を大事そうに握りながら、マットレスに頭を載せ、こちらに寝顔を見せて眠っていた。彼女はベッドのそばに置かれた簡素な椅子に座り、俺が目覚めるのを待っているうちに寝てしまったのだろう。とても気持ちよさそうだった。俺は、ほんの出来心で夢香の頬に手を触れようとした。
「うぅー……あぅ……」
 それよりも早く、夢香が目を覚ました。俺は素早く手をひっこめ、何もしようとしなかったことにした。
「あぁ、誠さん、もう起きてたんですね……すみません、寝ちゃってました」
 ……なぁ夢香、頼む。頼むから、そんなうっとりした目で俺を見つめないでくれ。そろそろ俺の心臓が持たないと思うんだ。というか、今すでに心拍数が急上昇していて、呼吸も浅くなっているんだ。これは俺の体が引き起こした、ごく自然なことなのに、俺がそんな反応をしていると……
「ってちょっと! そんなハァハァしながら私を見つめないでくださいよ!」
 ほらまた怒られたじゃないか。
 気を取り直して、俺たちはベッドに並んで座った。
「まずはその、さっきは俺を助けてくれてありがとな」
「いいですよ。私は当たり前のことをしただけです」
「それにしても、世界を移動させる目的以外でここに人を呼ぶことってないんじゃない?」
「いえ、実は何度か呼んだことはあります。ですけどそれらは全部相談とかクレームとかで。今みたいに誰かとおしゃべりを楽しむために人を呼んだことはありません」
「そうなのか」
 それから俺たちはいろいろなことを話した。俺からは学校のことや家のこと、夢香に助けられるまでつまらなく、無味乾燥な日々を送っていたこととかを教えた。夢香からはここでの仕事の大変さ、毎日世界を渡り歩いていること、忙しくて自分の好きなことがなかなかできないこととかを聞いた。お互いをよく知り合ったところで、別れの時間となった。
「今日はありがとな。夢香のこと、いろいろ教えてくれて」
「こちらこそ、誠さんのことをもっと知ることができて、楽しい時間を過ごせました。ありがとうございました」
「そういえば、世界を移動せずに帰るにはどうすればいいんだ?」
「このベッドで寝ると、元に戻れますよ。例えてみれば、このベッドが今の世界に通じるドア、あのソファが新しい世界に通じるドアです」
「来た道を戻るわけだな」
 夢香はうなずく。俺はとりあえずベッドに横になった。その時、夢香がもじもじしながら訪ねてきた。
「私もそろそろ元の世界に戻らないといけません。でも、誠さんが戻るのを待っていては朝が来てしまいます。だから、その……一緒に寝ても、いいですか?」
「おぅ、いいぞ!」
「なんでそんなにうれしそうなんですか!!」
 とまぁ、紆余曲折あったが、夢香と眠りの時間を共にすることとなった。美少女がとなりで無防備な姿で眠っている……おっと、そんなことを考えていては顔に出てしまう。俺はなるべくポーカーフェイスで再びベッドに横になった。夢香が寝られるように、少し右寄りに横たわった。となりに夢香が上がり、同じく横になる。
「変なこと、しないでくださいね?」
「それはしてほしいってことか?」
「違います!!」
彼女は顔を赤らめて俺をぺしぺし叩いた。さすがに今のは冗談の度が過ぎたかもしれない。
「ごめん!何もしないから」
 そう言って俺は無理やり目をつむって眠りにつこうとした。すぐに夢香も動きを止めた。
「何もしない。約束ですよ」「うん」
 などと約束したが数分後、寝相か意図的かは知らないが、彼女が俺の手を握り始めたものだから、もう寝るどころではなくなってしまった。それでも徐々に意識は遠のき、気が付くと朝、自分のベッドで目覚めた。左手に何かしら握られた感触が残っていて、なんとも不思議な感覚だった。

 朝、学校に着くなり、クラスの皆から腹部について心配された。俺はそれぞれに対し、「ありがとう」とか「心配かけて悪かった」などと答えた。が、朝のホームルームが終わると、俺に話しかけてくる人はほとんどいなくなり、休み時間も二、三人と会話を楽しむ程度になった。俺は確かに世界を移動したという実感を改めて味わいながら、毎日を静かに過ごした。

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