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【自作小説】World Resetter「第3話 それは単なる巻き戻しではなかった」

 ふと気が付くと、肉体がふわふわと浮遊する感覚に陥っていた。そこが夢の世界であることはなんとなく想像がついたが、ただの夢の世界ではなく、その感覚には明らかに覚えがあった。しかし、それをいつ体験したかを思い出すことはできない。それを記憶の海から引き揚げ、意識のある領域に持ち出した瞬間、世界が、自分の今までの思い出が、すべて崩壊してしまうような気がして、俺の本能が思い出すことを拒んでいた。
「安藤……くん。恵吾、くん……」
 俺はある少女に話しかけられる。以前にもおそらくこのような夢の世界で出会ったことのある少女だった。しかし、彼女の名前を思い出すことはできない。その声には明らかに聞き覚えがあり、中学時代、俺の恋を応援してくれた、瑠香と話すきっかけを作ってくれた、あの子の声とそっくりだった。しかし、どういうわけか俺は彼女の名前「だけ」覚えることができなかった。今聞こえた声が瑠香のものであったならば、すぐに声と名前が紐づき、きっとやまびこが返ってくるよりも早く、その名前を呼ぶことができたはずだ。なのに、どうして……なんとなくではあるが、彼女は俺にとっての大切な人のような気がする。そんな大事な、かけがえのない大切な人の名前を呼んであげられない自分が情けなくて、悔しくて、腹立たしかった。
「恵吾くん……恵吾、くん……」
 それでもなお俺の名前を呼んでくる彼女の声は、心の底から俺のことを思い、俺のことだけを考えて名前を呼んでいるように聞こえて、それに応えることができない自分に対するいら立ちが徐々に高まり、
「っもう、やめてくれ……!」
 実際に声に出たのか否かはわからないが、俺はそのように叫んでしまっていた。悪いのは彼女ではなく、自分なのに。こんなのただの八つ当たりだとわかっているのに。あぁ、いつかと同じように、俺はまたしても選択を誤ってしまうのか。やり直しの人生でいいことばかりしてきたから、きっとその罰が下ったのだ。この世界は、幸ばかりを受けている人に対しては不幸を与えなければならない仕組みになっているのだ。俺がついさっき、昔のやんちゃ集団に殺されたのも……
 結局、それから少女が俺の名前を呼ぶことはなく、俺は混沌とした空間で自らの周りに渦巻く様々な嫌悪の流れに揉まれ、なされるがままでいるしかなかった。

 再び気が付いた時、真っ先に目に飛び込んできたのは、見覚えのある天井だった。しかし、明らかに見覚えがあり、かつ自分の記憶通りで何の変化がなかったのは天井だけで、周りに置かれているあらゆるものが小学生時代のものとなっていた。そしてやはり、自らの体も小学生のように小さくなっていた。あるいは本当に小学生になったのかもしれない。これまでの記憶はすべて残っている。やり直しの人生で順風満帆な生活を送ることができたことも、やり直し前の人生で、おそらく大切だった少女を、事故で亡くしてしまったことも……

 二度目のやり直し人生は、一度目と同じ、小学5年生から始まった。俺は一度目と同じようにやんちゃ集団から決別し、普通の小学生として小学校を卒業し、一度目と同じようにある少女の紹介で瑠香と仲良くなり、意気投合して「友達以上」の関係を保ったまま中学校を卒業した。何もかもが一度目と同じように順風満帆に進んだ。ましてや俺は一度このシナリオを文字通りそのままの形で実行している。二度目は一度目にやったことをそっくりそのまままねるだけで良い。一度目のやり直しよりも幾分気を楽にして中学生卒業までの日々を過ごすことができた。小学生のとき、保健室から見えた、学校の向かいにある山に、一度目のやり直しの時には確かになかったはずの鉄塔が立っており、しかもやり直し前に見たそれの、自らの記憶よりも、気のせいの領域を大きく超えるレベルで巨大化していること、中学生の時、俺と瑠香の間を取り持ってくれたあの少女の名前を思い出せなくなっただけでなく、一度目のやり直しでは高校進学後も時折思い出すことのできていた少女の顔を、中学卒業と同時に思い出せなくなっていることを除いて。

 そして月日は経ち、一度目のやり直しでやんちゃ集団のある一人に殺された、その日がやってきた。一度目のやり直しでもそうであったように、俺はその日、瑠香と会う約束をしていた。俺と瑠香は進路の違いから別々の高校に通っていたが、中学時代からの仲は続いており、週末にはたびたび会っていた。俺たちは特段何を思うでもなく、腐れ縁の友人と会うノリでいつも会っていたが、周りから見ればそれは世間一般に言うところの「デート」に見えたのだろう。そしてその様子はやんちゃ集団のある一人に目撃され、それが安藤恵吾だと判明した瞬間、俺に対する小学生時代の出来事が憎悪となってフラッシュバックし、殺害を決意したのだろう。俺はあの日、瑠香の顔を見ることなく、突然後ろからナイフで刺された。なぜか痛みは感じなかった。代わりに瑠香を残して死んでしまったことに対する罪悪感と、今自分が見ていた世界の急速な歪みを感じ始めた。見ている風景がまるで風景写真を手でぐしゃぐしゃに捻ったように実体を失い始めた。気が付くと俺は真っ暗な空間に投げ出され、そこで例の謎の少女が俺の名前を呼び続ける夢を見た。
 そういった経験を一度したことのある俺は、このあと自らの身に降りかかる惨劇を回避することができる。それは自らの身を守るためではなく、瑠香を悲しませないために、しなければならない行動であった。このときの俺に選択肢などなかった。
 俺は普段、目的の場所へストレスなく歩いていくためにできるだけ人の少ない道を選んでいるが、今回はあえて混雑している道を通り、さらに人影をうまく使っていくつもの曲がり角を曲がり、自らの行方をくらませる努力をした。結局、俺は一度目のやり直しで殺された時間になっても誰にも殺害されることなく、瑠香との合流を果たした。もしかしたら行方を突き止めたあいつが俺たちの時間を邪魔してくるかもしれないことを懸念し、できるだけ人の多い飲食店・ショッピングモールを回るよう心掛けた。瑠香にも「いつもは人通りの少ないところばかり行くのに、今日は珍しいね」と言われたほどだ。その日は、とうとう何事もなく終わりを迎えた。

 それからさらに1か月が経ち、俺と瑠香はさらに3回出会った。毎回あいつが殺してくるかもしれないという警戒をしながらのデートとなったが、この週末のひとときをやめたいとは思わなかった。俺と瑠香は互いに学校が忙しく、平日は全く会うことができない。休日ですら、どちらかが学校行事のために来られないということがあるほどだ。そんな貴重な、瑠香とのひとときを、もうこれ以上は減らしたくなかった。それは俺自身とてもつらいことであったし、おそらく俺が感じる以上に彼女もつらいと思う。もっとも、直接的な原因は「俺は命を狙われているんだ!だからもう外に出ることはできない!」とか、「俺は実は人生をやり直してて、ここにいる自分は二回目の人生のやり直しをしている自分なんだ!」などと言っても信じてもらえるはずなどないからである。などと考えはするものの、瑠香はなんとかして俺のことを理解しようとし、そして話を合わせてくれるんだろうな。中学の時からそうだよ。俺たちが気の合う特別な関係であるとわかってから、俺は苦手な勉強に積極的に取り組み、成績が優秀だった瑠香の横に立っても恥ずかしくないよう、努力を積み重ねた。彼女もまた、そんな俺を応援してくれるかのように、放課後の時間のほとんどを俺に勉強を教えるための時間にあてがってくれた。俺がある程度の成績を取れるようになってからは、お互いがお互いの得意なところ、苦手なところを補完しあって、二人三脚で学力の向上に努めた。二人の努力は結果となって現れ、中学2年の2学期以降のすべての定期考査・実力考査で1位と2位を俺と瑠香で占めるようになった。俺たちの関係が「カップル」などと噂されるようになったのは、2年の終わりごろ、「ケイルカコンビ」などという妙なあだ名が広まり始めてからのことであった。俺たちの二人三脚の関係は勉強だけにとどまらなかった。俺たちは少しでも価値観を共有したいと、お互いの心、体、いろいろなことを教えあって、お互いに理解しようとした。驚くべきことに、彼女は一般的な女子中学生であれば嫌悪感を抱き、直ちに目をそらす「もの」を見せても全く動じることなく、むしろ興味津々に「もの」を見つめ、触れ、いろいろな秘密を少しでも多く知ろうとした。彼女もまた、俺にいろいろなことを少しでも多く知ってほしいとの思いから、一般的な男子中学生が一度は生で見たいと願うものの、なかなか見ることの叶わない「それら」を、何の恥じらいもなく見せてくれて、触らせてくれて、女の子特有の様々なイベントの秘密を教えてくれた。中学生には少し早い、特別な「つながり」を持った時の、お互いの気持ちについても、細かく共有した。俺は彼女の、俺のことを理解しようとするそのひたむきで貪欲な姿に、きっと、初めて意気投合した時から……

「あなたも、人生をやり直しているのね?」
 そのように声をかけられたのは、瑠香とのひと時を終え、帰路に就こうと駅に向かって歩いていたときだった。その声には明らかに聞き覚えがあった。しかし、否、やはり、俺はその声の主の名前を思い出すことができなかった。
「あなたが安藤恵吾くん、だね?」
 どうして……俺の名前を、そんなに愛情深く呼ぶことができるんだよ……お前は、俺の何なんだよ……思い出すことができればそれが何かはすぐに判明するはずだった。しかし、この時の俺は、その少女が俺にとっての何なのかは思い出すことができなかった。
「安藤くん……恵吾、くん……」
 彼女は、おそらく俺が過去に経験したことがあるのと同じように、俺の名前を連呼し始めた。ただ一心に、俺のことだけを思って。

※この物語はフィクションです。

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