「誠くんは、誰かとお付き合いしたことってある?」 「ないよ。特に中学二年の頃にはもうこんな性格だったから、付き合うどころか、女子を好きになる気持ちすら起こらなかった。優は? ……って、聞かなくてもわかるか」 「そうね。私は中学の時は今みたいにみんなに囲まれてたから、誰かとお付き合いしようものなら壮絶ないじめが待っていたからね。小学校の時はそういうことはなかったけれど、その時は誰かを好きになること自体がなかったかな」 「中学の時から俺に会う前にかけてさ、なんかこう、人を好きになる気持ちっていうか、誰かを好きになったことってある? 答えたくなかったら言わなくていいけど」 「ない、って言ったら嘘になるかな。でも、少しでもいじめられないように、少しでも自分をよく見せよう、って気持ちが強くて、それが私のあらゆる気持ちを押し殺していたっていうか、そのせいで、学校以外の場所でも自分の気持ちを素直に表現できなくなって」 しばし沈黙。俺は相槌を打ちながら、優の言葉を自分の中で自分にわかる形に噛み砕いていた。優が続ける。 「でもね、最近変わったことがあるんだ。私ね、みんなの前でニコニコしてるし、ついさっき誠くんと話してた時もニコニコしてたでしょ? 誠くんには同じ笑顔に見えたかもしれないけれど、私には違うように感じた。なんだろう、みんなの前の笑顔は顔だけが動いているような感覚なんだけど、喫茶店で私が言いたいことを包み隠さず言った時の笑顔って、体の中から何かうずうずしたものがこみ上げてきて、意識しなくても自然に顔が動いちゃうっていうのかな。それで、少しだけわかった気がした。私、こういう場所ではちゃんと、自分の気持ちを素直に表現できているんだなあって。自分の思ったことを、加工せずにそのまま相手にちゃんと伝えられているんだなあ、って思った」 「実はさ、俺にもわかってた。喫茶店の中での優、心の底から明るかった。学校での優は、周りの奴らからすれば明るく見えるのかもしれないけど、俺には表面的な明るさにしか見えなかった。自分の気持ちを素直に表現できなくなる前の優のことは知らないけど、少なくとも俺には、今の、この夕方のひとときの優が、本物に見える」 「ずいぶん、暗くなったね」 「そうだな……」 気がつくともう夕暮れ時となり、東のほうからは夜が迫りつつあった。ここは山にも近い場所だし
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