ふと気が付くと、俺は暗闇の中で眠りについていた。そして、顔も体も見えないが、おそらく自分の知っている誰かと、下腹部の一点を介した特別なつながりを営んでいた。そこに不安や怖れ、怯えなどの感情はなく、俺はいつか体験したことのある安心感に包まれていた。
そのつながりに至ってから何分経った頃に自らの意識が戻ってきたのかはわからない。しかし、意識が戻ってきてすぐに始めたには割に合わない気だるさを感じつつ、俺は絶頂に至り、今しがた特別なつながりをもっていたその人の「中」に、出した。普段の俺であれば、そもそもこういう状況に至る前に理性が何かものをいうはずで、それがなかったとしても絶頂のピークを過ぎたころにふと我に返り、自らの犯した罪の重さに気付くはずなのに、今の俺はそういった感情の起伏が全くなく、自他ともにゴーサインが出され、その状況は起こるべくして起こり、ごく自然な結果に終わったかのような、不気味なまでの安心感を覚えた。その行為は、いつ、どういう状況で発生したかは思い出すことはできないが、まるでいつか今と同じ行為を行っており、今のこれはその続きであるような気がした。そう思うとさらに安心感が増大し、俺はその人の「中」に、文字通り絞り出すように、全部出した。次第に気だるさが勝るようになり、俺は心地よい疲労と幸福感に包まれながら、再び眠りについた。
再び意識があるべき処へ戻ってきたときには、すでに朝になっていて、自らに心地よさを享受してくれた相手はもういなくなっていた。朝のまぶしい光を受けようと起き上がろうとしたとき、自分が泣いていることに気付いた。それはあくびによるものではなく、明らかに心の奥底からの、しかし自分にはよくわからない感情によって引き起こされていた。自分が泣いている、という事実に気が付くと同時に涙の量はさらに増加し、自分がわけのわからない感情に苛まれているという混乱した感情までも涙に直結して、次第に嗚咽を漏らさずにはいられなくなってきた。そして、その涙の正体は、ずいぶんと涙を流し、もう涙腺が枯れそうになるかと思われたころにじわりと現れた。
「そっか、俺は、早苗がいないことにこんなに泣いてたんだ。あぁ、もう早苗は、この世界中のどこを探してもいないんだ。俺が死しものぐるいでどれだけ探しても、俺がすべての財産や、ありったけの命を捧げてあらゆるものに願い、祈っても、もう、早苗が帰ってくることはないんだ……」
そうつぶやくと、早苗がいない、という事実がいま、現実のものとしてここにあることにさらなる哀しみが沸き起こり、俺はおそらく人生で初めて、誰か一人の大切な人を思って、男としてみっともないレベルで泣き叫んだ。
涙って、本当に泣きすぎると枯れてしまうんだな。そんなことを思いながら、ようやっと今の感情が収まってきたとき、俺は忘れかけていた、早苗からの思いに気付いた。
「でも、人生やり直しが全くできなくなった今でも、俺は早苗のことをちゃんと覚えているような。しかも、今まで喉元まで来ていながらなかなか思い出せなかった早苗の名前、顔、仕草、俺たち2人でしてきたいろんなこと……全部思い出せる。写真ではあるけど、早苗の実態としての記録もちゃんと手元にある。実体としての早苗はもういなくなってしまったけど、早苗という存在は、この世界から消えてなんかなかったんだ!」
俺は次の瞬間、えも言われない安心感と、よくわからない自信に満ち溢れてきた。そして、そのまま俺はある一つの決心をすることができた。
「俺という実体が消えてなくなるその時まで、俺の実体は俺という存在と、理堂早苗という存在の2つでできている。そう思って、これからの人生を、文字通り二人三脚で、大事に歩んでいきたい」
俺の固い決心から2週間後、まだ少しだけ残っていた気持ちの不安定さもすっかり晴れた。俺は、早苗のためにきちんとこなすべきなのに今までできずにいた、とても大切なことをする時を迎えた。
「そういえばまだ早苗の家に行って、仏壇の前で手を合わせてなかったんだよな。早苗の大切な人……大切"だった"人として、ちゃんと行くべきだよな」
俺は、過去に一度だけやり取りしたことのある年賀状の住所を頼りに、早苗の家を訪ねた。実は早苗の家に行くのはこれが初めてだった。人生やり直しを行っていたころには何度も瑠香の家に行ったことがあり、女の子の家に行くこと自体は初めてではないのだが、一番身近な存在だった早苗の家には結局行けずにいた。当然早苗の親も俺の顔を見るのは初めてだったため、はじめは見慣れない来客に戸惑っている様子だった。しかし、自分の身元を明かし、これまでの経緯を話すうちに表情がぱあっと明るくなり、快く家の中へ通してくれた。
「へぇ、まだうちに来たことなかったのね。安藤君のことは早苗からよく聞いてたからてっきりうちにも何度か出入りしている物だと思ってたわ。まぁまぁ、とりあえずおあがり」
そのように話す早苗の母親の顔に、娘を失った悲しみはなく、むしろ未来に向けて力強く、娘の分まで歩んでいこうとする気概さえ感じ取れた。そのことを見ると、早苗という存在はいろいろな人々によってこれからもずっと俺たちと同じようにこの世界に残り続けていくんだな、と、内心嬉しくなった。
「さ、こっちよ。きっと早苗も安藤君がうちに上がってくれて喜んでると思うわ。手を合わせてあげて」
ほくほくした表情の母親の案内で、俺は早苗の部屋に通された。早苗の部屋はベッドや机、棚やぬいぐるみがそのままの状態で置かれていて、まるで今も早苗が生きていて、数時間もしないうちに早苗が帰ってきて鉢合わせになりそうな雰囲気さえ感じ取れた。その部屋はおそらく早苗が亡くなる朝の状態を維持し、定期的に掃除をしているのだろう。そして、その部屋の隅にこじんまりと仏壇が置かれていた。その簡素な仏壇の中央に小さな額縁が置いてあり、そこには瑠香の写真が飾られて……
……えっ?
……あれっ?
俺は仏壇の元へ歩み寄り、その写真を至近距離で見つめた。何度も目をこすった。しかし、何度見直しても、どれだけ大胆な見間違いをしたとしても、その写真に写っていた少女は、瑠香だった。
「あれ……これ、瑠香の写真……?」
「まぁ~。安藤君ったら、冗談がうまいわね。さすがの私たちも仏壇に掲げる肖像画に他人の写真なんて使わないわよ~。これは親族全員集まって選びに選び抜いた、とびっきり素敵な、早苗の写真よ?」
「あれ……早苗って、誰だったんだ?瑠香は、誰なんだ?この写真に写っているのは……?俺が好きだったのは……?本当は、どっちなんだ?」
「World Resetter ~Crossing Memory~」につづく。
そのつながりに至ってから何分経った頃に自らの意識が戻ってきたのかはわからない。しかし、意識が戻ってきてすぐに始めたには割に合わない気だるさを感じつつ、俺は絶頂に至り、今しがた特別なつながりをもっていたその人の「中」に、出した。普段の俺であれば、そもそもこういう状況に至る前に理性が何かものをいうはずで、それがなかったとしても絶頂のピークを過ぎたころにふと我に返り、自らの犯した罪の重さに気付くはずなのに、今の俺はそういった感情の起伏が全くなく、自他ともにゴーサインが出され、その状況は起こるべくして起こり、ごく自然な結果に終わったかのような、不気味なまでの安心感を覚えた。その行為は、いつ、どういう状況で発生したかは思い出すことはできないが、まるでいつか今と同じ行為を行っており、今のこれはその続きであるような気がした。そう思うとさらに安心感が増大し、俺はその人の「中」に、文字通り絞り出すように、全部出した。次第に気だるさが勝るようになり、俺は心地よい疲労と幸福感に包まれながら、再び眠りについた。
再び意識があるべき処へ戻ってきたときには、すでに朝になっていて、自らに心地よさを享受してくれた相手はもういなくなっていた。朝のまぶしい光を受けようと起き上がろうとしたとき、自分が泣いていることに気付いた。それはあくびによるものではなく、明らかに心の奥底からの、しかし自分にはよくわからない感情によって引き起こされていた。自分が泣いている、という事実に気が付くと同時に涙の量はさらに増加し、自分がわけのわからない感情に苛まれているという混乱した感情までも涙に直結して、次第に嗚咽を漏らさずにはいられなくなってきた。そして、その涙の正体は、ずいぶんと涙を流し、もう涙腺が枯れそうになるかと思われたころにじわりと現れた。
「そっか、俺は、早苗がいないことにこんなに泣いてたんだ。あぁ、もう早苗は、この世界中のどこを探してもいないんだ。俺が死しものぐるいでどれだけ探しても、俺がすべての財産や、ありったけの命を捧げてあらゆるものに願い、祈っても、もう、早苗が帰ってくることはないんだ……」
そうつぶやくと、早苗がいない、という事実がいま、現実のものとしてここにあることにさらなる哀しみが沸き起こり、俺はおそらく人生で初めて、誰か一人の大切な人を思って、男としてみっともないレベルで泣き叫んだ。
涙って、本当に泣きすぎると枯れてしまうんだな。そんなことを思いながら、ようやっと今の感情が収まってきたとき、俺は忘れかけていた、早苗からの思いに気付いた。
「でも、人生やり直しが全くできなくなった今でも、俺は早苗のことをちゃんと覚えているような。しかも、今まで喉元まで来ていながらなかなか思い出せなかった早苗の名前、顔、仕草、俺たち2人でしてきたいろんなこと……全部思い出せる。写真ではあるけど、早苗の実態としての記録もちゃんと手元にある。実体としての早苗はもういなくなってしまったけど、早苗という存在は、この世界から消えてなんかなかったんだ!」
俺は次の瞬間、えも言われない安心感と、よくわからない自信に満ち溢れてきた。そして、そのまま俺はある一つの決心をすることができた。
「俺という実体が消えてなくなるその時まで、俺の実体は俺という存在と、理堂早苗という存在の2つでできている。そう思って、これからの人生を、文字通り二人三脚で、大事に歩んでいきたい」
俺の固い決心から2週間後、まだ少しだけ残っていた気持ちの不安定さもすっかり晴れた。俺は、早苗のためにきちんとこなすべきなのに今までできずにいた、とても大切なことをする時を迎えた。
「そういえばまだ早苗の家に行って、仏壇の前で手を合わせてなかったんだよな。早苗の大切な人……大切"だった"人として、ちゃんと行くべきだよな」
俺は、過去に一度だけやり取りしたことのある年賀状の住所を頼りに、早苗の家を訪ねた。実は早苗の家に行くのはこれが初めてだった。人生やり直しを行っていたころには何度も瑠香の家に行ったことがあり、女の子の家に行くこと自体は初めてではないのだが、一番身近な存在だった早苗の家には結局行けずにいた。当然早苗の親も俺の顔を見るのは初めてだったため、はじめは見慣れない来客に戸惑っている様子だった。しかし、自分の身元を明かし、これまでの経緯を話すうちに表情がぱあっと明るくなり、快く家の中へ通してくれた。
「へぇ、まだうちに来たことなかったのね。安藤君のことは早苗からよく聞いてたからてっきりうちにも何度か出入りしている物だと思ってたわ。まぁまぁ、とりあえずおあがり」
そのように話す早苗の母親の顔に、娘を失った悲しみはなく、むしろ未来に向けて力強く、娘の分まで歩んでいこうとする気概さえ感じ取れた。そのことを見ると、早苗という存在はいろいろな人々によってこれからもずっと俺たちと同じようにこの世界に残り続けていくんだな、と、内心嬉しくなった。
「さ、こっちよ。きっと早苗も安藤君がうちに上がってくれて喜んでると思うわ。手を合わせてあげて」
ほくほくした表情の母親の案内で、俺は早苗の部屋に通された。早苗の部屋はベッドや机、棚やぬいぐるみがそのままの状態で置かれていて、まるで今も早苗が生きていて、数時間もしないうちに早苗が帰ってきて鉢合わせになりそうな雰囲気さえ感じ取れた。その部屋はおそらく早苗が亡くなる朝の状態を維持し、定期的に掃除をしているのだろう。そして、その部屋の隅にこじんまりと仏壇が置かれていた。その簡素な仏壇の中央に小さな額縁が置いてあり、そこには瑠香の写真が飾られて……
……えっ?
……あれっ?
俺は仏壇の元へ歩み寄り、その写真を至近距離で見つめた。何度も目をこすった。しかし、何度見直しても、どれだけ大胆な見間違いをしたとしても、その写真に写っていた少女は、瑠香だった。
「あれ……これ、瑠香の写真……?」
「まぁ~。安藤君ったら、冗談がうまいわね。さすがの私たちも仏壇に掲げる肖像画に他人の写真なんて使わないわよ~。これは親族全員集まって選びに選び抜いた、とびっきり素敵な、早苗の写真よ?」
「あれ……早苗って、誰だったんだ?瑠香は、誰なんだ?この写真に写っているのは……?俺が好きだったのは……?本当は、どっちなんだ?」
「World Resetter ~Crossing Memory~」につづく。
※この物語はフィクションです。
続編は現在制作中です。連載開始時期が決まりましたらまたお知らせします。