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【自作小説】World Resetter ~Crossing Memory~「第16話(終) この世界は、奇跡でできている」

 俺は夢を見ていた。それが夢であることは体の浮遊感からすぐにわかったが、久しぶりに生々しい夢の世界に放り込まれた感覚だった。 「久しぶりだね、恵吾くん。……やればできるじゃん」  その声は、いつか夢の中で俺に説教を見舞った少女のものだった。そして、今ならその少女が誰か、はっきり思い出すことができる。 「……早苗」 「私の名前も、ちゃんと思い出せるようになったんだね。そう、私の名前は理堂早苗。恵吾くんに瑠香ちゃんと話すきっかけを作った女の子で、恵吾くんのことが大好きな女の子で、恵吾くんが瑠香ちゃんのことと同じぐらい愛してくれた……女の子、です」  早苗は顔を手で覆い隠し、もはや彼女と目を合わせることはかなわないように思えた。早苗の呼吸が震えている。きっと、俺が早苗ではなく、瑠香を選んだ悲しみを、そして、今までそんな瑠香と同じぐらい自分のことを愛してくれたことに対する嬉しさを、今の言葉で再認識し、感情を抑えきれなくなったのだろう。彼女の涙は、明らかに俺のすべての行動の結果によって生み出されたものであり、ゆえにこちらまで目頭が熱くなる感覚を禁じえなかった。 「……もうっ、恵吾くん!黙ってないでなんとか言ってよ!どうせ、私がこうやって泣いて顔を隠しているのを面白がっているんでしょう!」 「ち、違うわ!……そうじゃなくてさ!なんというか、いま早苗が悲しんでいるのは、俺がああいう決断をしたからなんだろ。そりゃあ、こっちだって、なんて言葉かけたらいいかわからなくもなるよ。なんか、ごめん」 「なんで謝るの!それに私、悲しくて泣いてるって、一言も言ってない!……すぐそうやって、自分が悪かったって思うんだもん、恵吾くん……昔から、ずっと」  早苗はその後しばらく黙り込み、この空間には沈黙が流れ続けた。しばらくして落ち着いたのか、早苗は顔を覆っていた手を離し、うつむきながらもゆっくりと話し始めた。 「でもね……いま私、すごく思うんだ。恵吾くんのそういうところも、ほかの良いところも悪いところもぜーんぶ含めて、私は、恵吾くんのことが好きだったんだな、って」  早苗が上目遣いで俺のことを伺う。そのまなざしはあまりに儚く、しかしとても力強く、俺に一時の自制を忘れさせた。自分でも気がつかないうちに口が動き始めていた。 「俺……やっぱり……っ!!」 「だめ。」  早苗がす

【自作小説】World Resetter ~Crossing Memory~「第15話 あるべき世界への収束」

 俺は、この結論に至るきっかけとなる言葉を授けてくれたマスターにお礼を言うべく、喫茶店に向かった。もしかして、扉の向こうに瑠香がいるのでは、と、若干の高揚感を抱いて重い木の扉を押した。しかし、そこにいたのはマスターと、以前ここで喧嘩をしていた男女であった。その男女は、この前喧嘩していたのがまるで嘘であるかのように、親しく会話をしていた。マスターは、俺に静かに目配せをし、奥のテーブルに導いた。 「マスター、この前はありがとうございました。マスターの言葉のおかげで、ちゃんと決断することができました」 「……そうかい、よかったね」  マスターは、俺にそんな話したっけ?とでも言わんばかりに、まるで他人事のような淡白な返事を返すにとどめ、静かにカウンターの奥に戻っていった。 「マスター、こんにちは」  俺がコーヒーを飲んでこの空間の空気と同化しようとしたころ、その空気を引き裂くかのようにカランコロンという鐘の音と耳障りなドアの軋みの音とともに喫茶店の入口のドアが開いた。俺が座っている位置からは、誰が入ってきたのかは見えない。マスターは、その来客に対して、俺の方向に目配せをし、俺と相席になるようにとでも言っているようであった。 「……あれ?けーくん?」  朗らかな女性の声が俺に向かう。俺はコーヒーカップを静かに置き、その女性に対して紳士的な対応を……けーくん?いま、俺のことを「けーくん」と呼んだか?「けーくん」という呼び名を認めているのは、ただ一人だけだった。俺は慌ててその女性の顔を見る。 「えっ……えっ……」  俺は、言語を発することができなくなった。目の前にいるその女性が間違いなく「瑠香」で、今までこの世界から実体がすべて抹消されていた「瑠香」で、俺が最も愛すると決断した「瑠香」で。様々な感情が交錯し、俺の脳内は「瑠香」でいっぱいになり、ついに涙が流れ始めた。 「ちょっ、けーくん!?どしたの急に泣き出して?また何か嫌なことでもあった?私が聞いてあげるよ?」  そっか……瑠香は、俺が瑠香の存在を認識できない世界にいたことに気づいていないのか……瑠香は、俺が悩み、苦しんだこの5年間も、普通に生活していて、おそらく「恵吾」とうまくやっていたんだろう。きっと、毎週のように「恵吾」と心身を一体化させ、快感と幸福に満ちた人生を送っていたんだろう。虚無と孤独の5年間